四月2009-04-02 05:43


昨夜は帰宅後、仕事の疲れもあってそのまま爆睡。いま目覚めてブログを更新しています。

4月は退職、異動とバタバタする時期だし仕事も忙しい。

3月末で早期退職された方から「あの時、asyuuさんたちがいたから潰れずにすみました」と過分なお言葉をいただいた。20年ほど前だろうか、新しい仕事になれず出社拒否気味になっていたその人の荷物をすこしだけ背負った気がする。いまと違い組織にも余裕があったし、私にもまだ人を信じるだけの思いや感受性はあった。 わたし自身はなにも変わっていない。権謀術数を図ったり、美しい言葉を陳列するような能力も意欲もない。

ただこの数年、組織の人に対しては一部少数の方々を除いて、距離を置くようになっている。「貧すれば鈍する」、その言葉が哀しいかなぴったりと当てはまる組織になっているような気がする。

村上春樹の小説を読んでいれば分かるのだが、悪意や憎しみは邪悪な精神から論理必然かのようには生まれない。誠実さを標榜する人から、優しさを基準とする人から、そして「大人になれよ」と語る人から、無意識に流れ落ちてくる場合が多い。どう語ったかではなく、どう行動したか。シンプルな原理だが、私にとっても重い原理だ。

人生問題集
歌人の穂村弘と精神科医春日武彦の対談集。パラパラと読み始める。異色のコラボレーションだが、一癖ふた癖あるお二人、尋常な対談ではないような。

閑話休題。

週末の天気予報をずっとチェックしているが、滋賀県北部は4日(土)曇り、5日(日)曇り一時雨とすこし降雨確率が下がってきている。今日は伊吹山に雪が降るみたいだ。伊吹山ヒルクライム、雨の中は走りたくないなぁ。

仕事のことなど2008-03-17 23:59

京阪神の美味しい処をそれなりにチェックしているが、いま「福島」にちょっと注目している。西梅田に位置するこの街に元気があるようだ。神戸・京都・奈良といろんな処で食事をしたが、大阪はもうひとつ弱い。で、こんな雑誌を読んでいる。
Meets Regional (ミーツ リージョナル) 2008年 04月号 [雑誌]

Meets Regionalは良質な上方現代文化をうまく切り取っている雑誌だ。内田樹教授も長く連載されていた。

自転車のある生活を楽しむ [定年前から始める男の自由時間 ベストセレクション] (定年前から始める男の自由時間ベストセレクション)

「定年前から始める男の自由時間」という題が泣かせますねぇ。
「若かりし頃、自転車はあこがれだった…、そんな遠い昔の追憶から、団塊の世代の人に絶大な人気があるのが「自転車」。この自転車を男の自由時間に取り上げます。」
技術評論社ってPC本が多いと思っていたが、こんな本も出しているんだ。

私は団塊世代直後の世代だが、世代論なんか興味がない。なんか高級な自転車を買って「自転車って意外としんどいやん」となってしまう姿が目に浮かぶのは、ちょっとイジワルかな。

まぁ趣味なんだから、肩肘張らずに自転車で遊ぶっていうスタイルが好きだな。

2年間に渡る仕事の計画も一応目途が付いた。仕事仲間は、我慢強さ、緻密さ、気配りとも私より有能な仲間だった。2年に渡る残業・休日出勤など、時には体調を崩すのではと心配するほどよく働く仲間だった。組織人としてはよい仕事に恵まれたと思う。

その仕事もあと少し。来月にはチームも解散するので,交代ですこし休むことにした。 明日は、ロードバイクで走ってきます。

ダンスの輪から遠く離れて2007-11-01 00:00

もう芒が盛りだ(北摂にて)
いま仕事が佳境に入り、平日は残業ばかりの日々だ。でも、時折ふっと微笑んでしまうほど充実感がある。それは私が仕事を通じて「必要とされているんだ」と感じることができるからだろう。

人は「必要とされているんだ」という想いをプラスのエネルギーにして生きていくのだろう。
仕事、友、恋人、家族などを通じてそれをリアルに感じていくのだろう。

「必要とされていないんだ」
「軽んじられているんだ」
「切り捨てられているんだ」
というマイナスの磁場からは憎しみや嫉みや歪んだ自己主張しか生まれないだろう。

マイナスの磁場は連鎖していく。それがいっとき、誠実さや愛や思いやりの衣装をまとっていてもマイナスはいくら掛け算してもマイナスだろう。

30年近く今の組織にいると、人としてこんな人になりたいなぁと思う人も多くいた。同じくらいこの人は何を守りたいんだろうと首をかしげる人も多くいた。

言葉は美しく、誠実そうな雰囲気を漂わせているのに手のひらを返したような態度をとる人を見た。最初は憎しみや軽蔑する思いを押し止めることができなかった。
でも彼ら・彼女らはそういう傾向の人なのかもしれない。彼らの生き方の流儀がそのようなものなんだろう。


・偉そうにしない
・誠実そうにしない
・重い荷物を持つ人には少しは手を貸そう
・憎しみよりは「そのようにしかできないんだ」とも考えてみる

そんなことを考えていると、この数ヶ月の人への失望感もすこし和らいでくる。
おもわず微笑している。

村上春樹の小説「ダンス・ダンス・ダンス」を読むと、こんな表現が出てくる。

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「でも踊るしかないんだよ」羊男は言った。「音楽の鳴っている間はとにかく踊りつづけるんだ。おいらの言ってることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことを考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなことを考えだしたら足が停まる」(講談社文庫上・182頁)。
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そう、人生はダンス・ダンス・ダンスかもしれない。人から見られ、自意識の中でステップを踏みながら生きていく。でもダンスも終焉に近づく。人はいつまでもステップを踏みながら踊り続けることはできない。

ダンスの饗宴の中からすこし離れて壁にもたれて、ちょっと微笑もう。
そして,憎しみや嫉妬や愛や恋や誠実さを競うようにサークルの中で踊る人々から次第に離れていこう。きちんとした言葉、きちんとした態度、きちんとした自然のシャワーを浴びていこう。

秋晴れに遊ぶ2007-10-10 22:04

彼岸花より紅いBASSO Viper
なんか秋晴れの日が続きそう。今月下旬から仕事が忙しくなるので,明日は有給休暇をとってロードバイクでロングライドに出かける予定だ。

これから予定しているのは
・友人らとの京都遠足。和風フレンチをいただいて、細見美術館などを廻ろうかと思っている。
・友人との奈良ハイキング。これも奈良の美味しい店とのセット予定。
・山歩き。ひさしぶりに裏六甲をゆっくりと歩いてみようか。そして今年は比良の紅葉を眺めてみたい。

仕事は某システム化の佳境に入ってきたので、まぁそれなりに・・・。

午後6時の大人2007-05-25 23:10

山歩きを始めた頃、「午後三時の山」という本を読んだことがある。
午後三時の山

人生を乱暴に72歳までとして24時間で割ると1時間が3年だ。すると45歳頃が人生の午後三時頃になる。まだ夕暮れには時間はあるが、日はそれほどには高くはない。

今年で私は54歳になるので、午後6時頃にいるのだろうか。
夏であればまだ明るいが、晩秋であればすっかり落陽している時間だ。

今日、たまたまいくつか年上の人を見かけた。若い頃からの旧知の人だが,久しぶりに出会うと「老いの無惨さ」を漂わせている。
まだ50代後半なのだが、荒れ地をみるような感覚が自分の中に起こってくる。

功成り遂げたゆえに荒れ地になったのか、上昇志向の中で水分を涸渇させてしまったのか。

若々しいとか、いつまでも青春とか、ちょいワルオヤジとかには興味はない。

でも、自転車に乗り、山に登り、美しきよきものを見ていきたいと欲求を今日ほど自覚したことはない。

大好きな夏に向かって、日々の雑事をこなしながら生きていこう。

「デジタル・ワークスタイル」を読む2007-05-07 21:44

デジタル・ワークスタイル―小さなことから革命を起こす仕事術

表紙がカッコイイですね。
あ、中身ですか?いろいろなコトがすごく手際よくまとめられている。
「インターネット時代の仕事術を、会社は教えてくれない」というテーマで書かれているそうです。

αブロガーじゃないので偉そうなことを言えませんが、
・情報はモノ(PC,Net,手帳など)に蓄えていき、すぐに引き出せるようにしておくのが大事でしょうね。
だって常人には記憶の備蓄量に限定があるので。

まぁ、実際頭のイイひとはかなりのコトをこなせるんですけどねー。
頭のイイ人を見てると、ほんとそう思う。

それと会社も10年前と異なり、かなり皆のPCスキルはUpしている。
この本で書かれていることは、会社でも実践されていることが多い。

それと
私たちはどうつながっているのか―ネットワークの科学を応用する

この本にも書かれているように、「情報の伝播力を人に依拠する」「情報を人と共有する」という視点も大事じゃないかな。ひとりの力というのはどうしても限界があるから。

3人ぐらいのチームで動いていくほうがシステマチックな仕事はしやすいように感じる。

後半のブログの勧めを読むと,ちょっと忸怩たるものがある。
まもなくこのブログも2年になるのに、「妄想日記」ばかりで申し訳ない。

まぁ、会社の愚痴をいいつづける人にはなりたくないなというのには大いに共感。

笠智衆とネットワークの科学2007-05-02 00:59

笠智衆(りゅう ちしゅう)ってご存じだろうか。映画「男はつらいよ」シリーズの御前様として住職役で寅さんを叱る人っていえば、わかるだろうか。

小津安二郎の映画「東京物語」(1953年)に出演したとき、彼はまだ49歳。すでに老境に達したかのような演技だ。
寡黙で淡々とした風情に、戦後日本の父親を想起させるものがある。
笠智衆を思い出したのは、この本を読んだから。

笠智衆のように枯れたい
まぁ、書かれていることは至極真っ当。
・枯れない男の気持ち悪さ
・今は「不機嫌が野放し状態になっている」時代
・蕪村の俳句「月天心心貧しき町を通りけり」、芭蕉の俳句「この道を行く人なしに秋の暮れ」にみる想像力の世界
・「型にはまる」から自由は始まる
など、なるほどと思う点も多い。

でも、この本は対談の形式だが、後半は「放談」になっているような。
そもそも笠智衆(が演じた日本の老人)は、こんなにおしゃべりじゃなかったはず。

なんだかなーって思いながら、次の本を読む。
私たちはどうつながっているのか―ネットワークの科学を応用する

ネットワークの科学というとSNSやTCP/IPなどコンピュータなるものを想像するが、人間関係を生身のネットワークから論じたもの。

あまり聞き慣れない概念が次々と出てくる。

・6次の隔たり(世界の誰とでも、短い知人の鎖を介してつながっている)。
・われわれは家族、職場、旧友などさまざまなコミュニティーに属し、そのなかで対(たとえば恋人同士)ではなく三角形(クラスタ)を形成することが多い。
・6次の隔たりには「自分と異質な人が情報源となる」ことがある。
・クラスターがあると利己的な振る舞いが抑制され、協力的方向に向かう。
・非常に多くの人と繋がっている人をハブという
・ハブになる3大要素は、能力、先住、運である。

概念だけを見ていると功利的なようにも見えるが、組織分析などは鋭いものがあると思う。とくに「ハブ」的な人という概念は興味深い。

でもね、「ハブ」になることはしんどさをも受け入れること(著者もそれを充分認識している)。人間関係にまつわるコスト(嫉妬、中傷、責任)をも受け入れる人でなければならない。その能力がないのに「ハブ」になろうとすると、器から水が溢れて収拾がつかなくなったり、器に穴が空いて締まりのないものになってしまう恐れがある。

「放談」を読むより、ずっと気持ちのいい本ですね、これは。
たぶん笠智衆(の演じる老人)は、語らなくても、これらのことをよりよく理解していたんじゃないかな、と強引にまとめてみる。
ということで明日もコミュニティーで仕事です、とまたまた強引にまとめてみる。



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