ガジェットに囲まれて2021-11-20 21:55

小春日和が続いて、よい気分。クロモリロードで街を散策して、図書館に立ち寄ったり、緑陰で読書する日々。ことさらに「静かに過ごす時間が必要です」と「声高に主張」しなくとも、じゅうぶんに静かな時間。
神崎川堤防に合流




文鎮化していた旧世代のスマホを1年ぶりに復活させて、Wi-Fi端末として使うようにした。hontoやKindleの電子書籍を事前にダウンロードしておけば読書端末にもなるし、Google MapやCycleComputerなど事前に地図をダウンロードしておけば、GPSを使って位置確認・ロードバイク走行記録を取ることも可能だ。

Kindle本を事前にダウンロード


ただ2014年の機種なので非力なのは否めない。
そこで
・不要なアプリは無効とし、通知も可能な限り無効とする。
・「開発者向けオプション」を有効にして、アニメーション機能をすべてOFFとする。



バックグラウンド処理を制限=すべてOFFにすると不具合が出るかもしれないので、とりあえず「最大4個のプロセス」に制限。


これで電池持ちがよくなり、キビキビとなる(はず)。

画面をグレースケール化することもできるが、カラー画面をグレースケールに見せているだけで、節電にはならないようだ。スナップショットを撮ると、元来のカラー画面となる。

ArtStaioのグラフィックを最近気に入っている。



Kindleの小説を読むときには、グレースケールのほうが読みやすいかもしれない。

燃え殻氏の「ボクたちはみんな大人になれなかった」もKindle Unlimited対象

(ちなみにKindle Unlimtedのダウンロード上限が10冊から20冊に増えている。試験的な運用のようだが、まだ正式発表はない。20冊になると便利やけどね)。

ずっとカバーをしていたので、筐体は比較的きれい。



カメラ機能やWi-Fi機能は、現行のミドルレンジ機種SH-41Aより能力が高い。ただ7年経過している機種(1年間の休眠期間中に旧カバーを廃棄してしまった)なので、あらたにカバーを新調したが、数百円のポリカーボネート製ハードカバー。旧い機種にはこれでじゅうぶん。

S5 Activeはアウトドア用タフネス・スマホと鳴り物入りで発売されたけど、いうほどタフじゃない。落下時の破損防止としてカバーはあったほうがよいでしょう。

今日は定例の孫守。午後2時から4時までしっかり2時間、3歳孫はきもちよいほどぐっすりと午睡。保育所育ちなので、おしっこやウンチも3歳を過ぎたら、自分でちゃんと伝えるようになった。

明日は大阪にて次男夫婦の次女(3ヶ月)のお宮参りとお食い初めに参加。コロナ禍のため、お宮参りを順延しているうちに孫も3ヶ月。すくすくと育ってきたが、コロナもすこし落ち着いたので次男夫婦たちが段取りをしてくれた。

明後日は、女友達らと1年ぶりの会食。

次いで勤労感謝の日には長男夫婦らとの我が家での会食と食事会などが続く。

ガジェットに囲まれて、ぼーっと隠居として生きていくのが、いまの望みだけれど、老人としての役目もすこしは果たしていこう。

ArtStaionのグラフィックより
(ThinkPad X220の最近の壁紙。こんな部屋に住みたい。)


「趣味としての孤独」と変態PC2021-11-16 22:39

季節の変わり目のためだろうか、体調がすっきりしない。自分のなかに、沸いてくるようなエネルギーを感じない。高血圧、尿酸値高め、膝痛、そしてアラ古希だと、徐々に老人となっていくスピードが速まっているのかもしれない。非社交的で「趣味としての孤独」に沈潜しがちな性格なので、最近はPCに向かうことが多かった。


(初?の痛風アンソロジー。最も同情されない、笑い飛ばされがちな痛風をめぐるエッセイ集。いやいや痛風を発症したくないな)。

Regolith on ThinkPad X220の設定もひと段落。
文章作成はEmacs
ターミナル上でCUIファイラーのレンジャーを起動させて、画像ビュアーのuberzugで画像プレビューしていく。
Enterキーを押すとCUI画像ビュアーのSXIVが起動する。
画像サムネイル、フルスクリーンがマウスを使うことなく、きびきびと表示される。快適。

Rangerで画像プレビュー

画像をサムネイル表示


サムネイルをフルスクリーン表示

コロナ前に友人らと行ったフランス旅行、台北旅行、京丹後旅行、高知旅行のアルバムをLINEなどからダウンロードしてGoogle Driveにアップロード。それをX220のmSATA(128GB)に保存。

ローマ・トレビの泉。確か補修中の頃


Rangerで閲覧していく。過去を懐かしむことはあまりないけど、コロナ後の制約された生活はまだまだ続くのだろう。

Ricing(デスクトップのスクリーンショットを披瀝するサイト)を眺めていると、見たこともないPCでLinuxを走らせているスクリーンショットを見つけた。



なんやこれ?と読んでみると、ASUSの変態ノートパソコンだ。


サブディスプレイを装備して、タッチ操作もできる。すごいやんこれと久しぶりにワクワクするPCだ。いやね、冷静に考えるとRegolith on ThinkPad X220ではタッチ操作できないとはいえ、ウィンドウを自由自在に分割・拡大・フロートができ、ワークスペースを作ってウィンドウを立ち上げたり移動させたりして、狭い画面を有効活用できる。なにしろ動作が俊敏。
とするとこの変態PCがどうしても必要という結論にはならないが、「人は合理性でのみ動くものではない」という法則(そんなものあるか?)からすると、ウキウキ・わくわく・ドキドキするPCであることは確か。

ということで今日、1年ぶりに大阪にでかけ、ヨドバシ梅田で実機を触ってみた。


キータッチは悪くないが、キーボードが狭いのでタイピングにはちょっと慣れが必要かな。

デュアルディスプレイはスムースに動くし、メイン画面とシームレスに使用することもできる。
かなり魅力的なPCだ。ただWSL上でLinuxを走らせると、この画面構成は制約が多いかもしれない。独自の仕様でデュアルディスプレイを制御しているだろうし(Window上で)、この変態画面だと保証期間が過ぎた頃にサブ画面が表示されないというトラブルが生じそう(単に長年のカンだけど)。

ちょっと様子見(価格も含めて)。

天気がよいので、中津・中崎・天神筋商店街をぶらぶらと歩いて、古書店をのぞいたり、平日昼間なのに賑わっている居酒屋を見たりする。

1.4mの高架下。かがまないと通れない(中津にて)

中崎町は個人ショップが増えているような

昔なら、速攻瓶ビール大、刺身盛り合わせで昼飲みしたけれど、まだまだ居酒屋の混雑にひとり飛び込んでいく蛮勇はない(苦笑



天神筋商店街を抜けて、大阪天満宮にお参りして、堂島川遊歩道をぶらっと歩いて、堂島ジュンク堂に立ち寄り、けっこう歩いたなと感じながら帰宅。



昨年、起動不可となり、機種変更した以前のスマホは文鎮化していたが昨日、Ubuntu Phoneにしようといじっていたら、リカバリーが始まってWiFi端末として使えるようになった。

現在、使っているミドルレンジのスマホAQUOS sense4 SH-41はカメラ機能が旧い機種のGalaxy S5 Activeより劣る。画素数の違いかな。

S5 Activeは
・自宅でのWiFi端末
・外出時のカメラ、電子書籍端末(honto,Kindle本を事前にダウンロードしておく)。
として使うことにした。

待ち受け画面はケン・リュウの短編集に影響されてSF風画面。

スクリーンショットをアップロードしようと思ったが、かなりヲタク風なので自制した。

(電車のなかで読むと読書がはかどる)

変態PCをやっぱり買うかもしれないな(苦笑


SFプロトタイピング2021-11-08 20:09

午前中はAmazonにてLED電灯の注文。ついで百貨店のオンラインお歳暮サイトで親族へのお歳暮発注。シルバー人材センターの方が来てくれて、植木の剪定をしてもらう。今回もていねいな仕事ぶり、私よりはるかに高齢なのにたいしたもんです。

■先日の夫婦の会話

宮本浩次の音楽番組を老夫婦で見ていたら、彼の代表曲「今宵の月のように」が紹介された。

妻「この曲ってキムタクのドラマで主題歌になったやつやね」
わたし「いや違うよ、えーっと」(固有名詞が出てこない)
「Mを歌っていたグループの....」(またまた固有名詞が出てこない)
妻「プリンセス・プリンセス?」
わたし「そうそう、そのボーカルの....」
妻「岸谷香?」
わたし「そうそう、その岸谷香のご主人の....」
妻「岸谷五郎?」
わたし「そう、岸谷五郎が主演したドラマやった」

と迂遠な会話をしながら、やっと会話の目的に達することができる。加齢とともに固有名詞がでてこないというのは、ほんまやね(苦笑

最近、PCのデスクトップ環境を設定していたら、キーバインドやショートカットキーを覚えるのにとまどう。

■ 日記をorg-modeで整理するようになってからは、
Emacsのキーバインド、インクリメンタルに補完や検索をするためのフレームワークhelmのキーバインドを操作し、

■ タイル型ウィンドウマネージャのRegolithのショートカットを覚えなければならず(「shift+Super+/」でショートカットがポップアップするのは助かる)

■ Regolith上のTerminal(mlterm)から起動させたCUIファイラーRangerのショートカットを覚えなければならない。

左Neofeth 右上Ranger 右下Htop


頭ではなく手に覚えさせる必要があるけれど、脳がだいぶスカスカになっているので、しばらく使わないとすぐ忘れてしまう。

だからEmacsでこの文章を書きながら、別ウィンドウにショートカットをまとめたファイルを起動させて、わからなければ参照するというスタイル。

左Emacsでこの文章を作成 右EmacsでCheatsheet確認


最近、はまっているRegolithは、刺激的なタイル型ウィンドウマネージャだ。過去にi3WMやawesom、xmonadなどのタイル型ウィンドウマネージャを試したことがあるが、使いやすくするためには膨大な時間を費やして、設定ファイルを自分で構成しなければならない。中途でめんどうになって、Xfceなどのデスクトップ環境で困らないやん、ということになりがち(XfceやLxdeのデスクトップは軽量でじゅうぶんに使える)。

デスクトップ画面を開陳するサイトでは、日々、デスクトプのスナップショットを見ることができる。ダークな画面が多いし、かなりマニアック。


Regolithの画期的なところは、Ubuntu系列のディストリビューション(Ubuntu,LinuxMintなど)で動くウィンドウマネージャなので、自動的に各ディストリビューションのアプリを起動することができること。
そしてデフォルトでタイル型ウィンドウマネージャの設定がなされており、すぐにその恩恵を受けることができる。キーボード操作に拘泥せずにマウスも併用できる(ThinkPadのトラックポイント最高!)。これはかなり斬新。もちろん設定ファイルをゴリゴリと書き加えて、より細密な環境にすることもできるけど、その域になると「趣味の問題」ということになるだろう。

ワークスペースを自由に作成して、複数のウィンドウを起動させ、各ウィンドウのフロート、リサイズ、最大化、ワークスペース移動も軽快に操作できる。

shift+Super+fでウィンドウをフロート


組織人だった頃、鈍重なWindowsを使い、WordやExcelを強要され、自宅より遅いネット環境のなかにいたことを思い出すと、天国みたいな環境やね(苦笑

Linux Mint 20.1 on ThinkPad X220上でブラウザ(Firefox,Google Chrome)の日本語入力ができなかったが、設定を書き換えるとMozcを起動できるようになった(半角/全角キーで起動)。X220ではAtok X3 for LinuxとMozcを日本語入力できるようになっているが、通常はAtokが起動するようになっている。そのためブラウザではAtokが起動しないため、Mozcを利用するように設定しなおした。でも設定ファイルをどう書き直したか忘れた(爆

Linuxは日本語環境が貧弱なので、2007年に発売されUpdateもなくなったとはいえ、Atok X3 for Linuxはまだまだマシな日本語入力環境だ。
MozcはEmacsなどでインライン入力できないし。EmacsやVimでは日本語入力SKKを使うとインライン入力できるが、やはり変換速度はかなり遅くなる。

■今日もクロモリロードで散策して緑陰で読書。


なかなか刺激的な本。著者が賢すぎて(たぶん本人も自覚している)なかなかついて行けないけれど、老人の人生読本を読むよりはいいかもしれない。



ケン・リュウの最新短編集。ケン・リュウもSFプロトタイピングの範疇にいれてもよいSF作家かもしれないな。

夕食後、またまたうたた寝。これも老化の証かな(苦笑
夜は日本酒をちびちびと飲みながら、読書の予定。





Regolith2021-11-04 21:25

昨日はRegolithウィンドウマネージャーの設定に時間を費やす。ThinkPad X220,ASUS X205TA上ではLinux Mint 20.04を稼働させており、ウィンドウマネージャー環境はXfce。軽量で使いやすいウィンドウマネージャーなれど、Emacs関連の記事を読んでいると、Regolithというマイナーなウィンドウマネージャーがあることを知った。

たまたま樋口恭介氏の「すべて名もなき未来」を読んでいるところなので、気分転換にウィンドウマネージャーを変更した(Xfceも併用するが)。Regolithはi3-wmを基本とするタイル型ウィンドウマネージャーのようだ。
過去にXmonadやawesomeなどのタイル型ウィンドウマネージャーを試したことがあるが、設定ファイルをちまちまと作成しないと快適には稼働しない。暇人とはいえ、さすがに「なにしてるんやろ?」という気分になる。

Regolithは必要な設定はパッケージでも提供されるようなので、本家サイトからインストールした。


EmacsはCtrl(capslockとCtrlを交換済み)とAltキ−を多用するが、RegolithはWinKeyをSuperキーとして多用する。
Winkey(WindowsKey)って役立つんか?


Linux環境下ではWinkeyを使うことはまず無い。Emacsのキーと衝突することとはなさそうなので、タイル型ウィンドウマネージャーとして使えそうだ。

起動するとデスクトップ画面。デスクトップにアイコンを配置することは嫌いなので、すっきりしているのがいい。

すっきりとしたデスクトップ。下部にBarを設定。


Super+shift+/で主要キーバインディングの説明をトグル表示することができる。キーバインドをすぐに忘れるので、これは便利。

右からキーバインディングを表示させる。


Super+Enterでエディタ(mltermに設定)が起動
Super+shift+Enterでブラウザ(Firefox)が起動
Super+Spaceでアプリ起動画面
過去に起動したアプリが自動的に先頭から順番に表示されるようになっている、便利やね。

かなり使いやすいアプリ起動画面


Super+tで起動している画面を縦分割・横分割・全画面をトグルしながら表示できる。2分割くらいなら狭いノートパソコンの画面でも有用だけど、起動させるアプリが増えると全画面表示が便利やね。

縦二分割。左にファイラーRanger、右Firefox

横2分割

三分割。上Firefox,下左htop,下右Ranger


Ubuntu環境下で導入したウィンドウマネージャーなので、すでにインストールされているアプリは従来と変わらない。
ただ日本語入力環境に不備がある。

EmacsやVimではAtok X3 for Linuxが動くけど、Fifrefoxでは検索窓などで日本語入力ができない。もともと無理やりAtok X3 for Linuxを稼働させているのでいまのところ解決法がよくわからない。Mozcにすれば問題なく日本語入力できるが、MozcはEmacs上でインライン入力できないのが難点(Vimではインライン入力できるのに)。

というわけで昨日は秋晴れなれど、Regolithひきこもり状態。マイナーなウィンドウマネージャーなので、日本語で紹介されたブログ記事も少なく、本家のサイトを読むのが一番。当然ながら、説明は英文なのでなんとなく気分で通読する。詳細な設定ファイル作成の説明部分を読み通すことは割愛(設定沼に嵌るし)。

PCに向かいすぎると神経が高ぶるのだろう、夜はうまく眠れなかったので遅くまで音楽を聴いていた。

今朝、妻から「天気いいから京都へ鯖寿司を食べにいかへん?」と提案があったけど、睡眠不足だし、隠居は腰が重い(苦笑
ネットで店を確認すると、祭日あけなので臨時休業も多いし、個人店はネットでは確認できない。
来週にいくことで家内の了承を得た。

午後からはクロモリロードで散策。緑陰で樋口恭介「すべて名もなき未来」を読了。

上田岳弘「旅のない」に続いて若手作家の作品を読んだ。樋口氏はSF小説家、上田氏は純文学作家とは分類できるかかもしれないけど、そんな範疇化は意味のない時代になっている。樋口恭介氏はiPhoneで口述筆記もしているので、模倣してみたがGoogle音声入力がまだまだ未熟なのか、加齢により滑舌が悪くなっているのか(たぶん後者だろう)、とんでもない文章がディスプレイに羅列されていく。老人にはキーボードをタイピングするほうが有効な入力手段なのだろう。
隠居なので喋ることがすくないし、静かにキーボードをタイピングするほうが好みでもある。

EmacsやRegolithはキーボードを使うことに肝があるしね。ところでRegolithってなんやねん?と調べてみると、

regolith
名《地学》表土
<用例>
lunar regolith
月のレゴリス、月面の表土
covered with loose regolith
《be ~》粗い表土で覆われている

背景画像の種類が「月面」が多いので、そこからイメージされたものかな。
でもやっぱよくわからないウィンドウマネージャー名やね。今日は夕食後、うたた寝。これから読書して、音楽を聴く予定。




三田市波豆のコスモス畑まで2021-10-29 19:51

先週末、友人と久しぶりに甲山周辺をハイキングして15kmほど歩き、神呪寺門前の茶屋でおでんと瓶ビール、夕方に立ち飲み屋を2軒はしごして、ぐだぐだととりとめのない話をした。一軒目は「ここは東南アジアか」と思うほどDeepな店。二軒目は小洒落たお店で客層がはっきりと異なる。そこがおもしろい。人づきあいから離れた隠居なれど、数少ない友人との会話はやはり心地いいね。

今週も凡庸な生活のなか、Emacsの設定ファイルを試したり、2日で4冊も本を読んだり、夜は録画していたTV番組やAmazon Videoを観たりしていると、なにか自家中毒めいた気分にもなるので昨日はカーボンバイクで里山を走ってきた。


午前10時半に発進。天気予報アプリでは北風4〜5mの予測なので、猪名川を北上すると向かい風。でも十分にエネルギーのある往路で向かい風、帰路は追い風のほうがありがたい。

道の駅いながわから県道68号線を上っていく。向かい風と思ったら、山間では風向きは変わることが多いので、追い風となって気持ちよく上っていくことができる。


上佐曽利の地区会館で休憩。バックポケットにミカン2個、妻が作ってくれたふかし芋をおやつとして入れているので、まずはミカン1個を補給。上佐曽利のダリア園が開催されているので、地区会館にトイレ表示の案内がある。会館横にトイレがあることを今まで知らなかった。さっそくトイレも利用させていただいた。

ロードバイクに乗りはじめた14年前のこの季節に、鬱屈した気持ちを抱えながら、このベンチで休憩していたが、すべては遠い昔だと思うと、歳月は人を自然に癒やしていくだろうし、ロードバイクのある生活をしてきたことが、自分の救いになったような気もする。
そして私のなかでベストコミックの「珈琲時間」の一場面をふっと思い出したりする。

先日、スケートボーダーの本を読んだけれど、自由さと個性を重んじることができるのはロードバイクと共通するところがあるね。

小さな峠を越えると三田市波豆地区に入り、コスモス畑があるので立ち寄ってみた。
10万本のコスモス畑という案内が表示されているが、もう盛りは過ぎたのだろう、名残のコスモスが咲いている。



佐曽利カルデラの秀麗がこのあたりは連なっているので、里山の雰囲気が色濃い。

さあ帰ろう。

県道68号線へ合流する前に、上佐曽利から小さな林道を越えていくことにした。
以前、この入り口でトラブったとき以来の林道越え。



荒れた路面なので、パンクに注意しながら上っていく。加齢とともに心肺機能は確実に低下しているので、小さな上りなのに心拍は160になっている(スマートウオッチで確認)。
年齢からいくと(220−68=152)とこのあたりが限界値、なんとか足をつかずに斜度のある上りを終える。静かな林の中でしばしぼーっと過ごす。


荒れた路面を慎重に下り、県道68号線に合流して一気に道の駅いながわまでノーブレーキで下る。斜度は緩めなので、きもちよくカーブを曲がっていく。

阿古谷集落を経て、県道12号線旧道に入る。天気予報通り追い風。


午後4時前に帰宅。短い距離なのに、やはり疲れがあるも、ここちよい疲労感。78kmちょっと走った。



夜は太田和彦さんの居酒屋番組を観ながら、日本酒をゆっくりと飲む。
そしてロードバイクの本を流し読みすると「距離を走った人ほど身体ダメージが蓄積されている」とか「加齢とともに体幹・心肺能力が低下するのはやむを得ない」とか「ディスクブレーキが主流となり、乗り方も前乗りやハンドルも狭めというのが流行となっている」とか、そうなんやと時勢に疎いことを知る。



そこでトレーニング方法が開陳されるわけだけど、もうね、事故なく故障なく里山を走れたらいいだろうね。

昨夜はぐっすりと眠る。とはいえ隠居なのでだいたい日付が変わる頃に寝て、午前7時半頃に起床するという習慣になっている。想像力が貧困なのだろう、夢を見ることはまずない。
珍しく昨日朝はお通じがなかったけれど(いつもは朝食後にお通じがある)、昨日、ロードバイクで走ったおかげだろう、すっきりとお通じがでて自己満足。ロードバイクに乗ったりして身体活動をすると腸が適度に刺激されるんやろうね。

今日はクロモリロードで街を散策。緑陰でこの文章をタイピング。バックパックに入れたのはLinux Mint 20.04 on ASUS X205TA。この機種にはEmacsの設定ファイルを反映させていないので、VScodeでタイピング。



明日は定例の孫守の日。秋晴れが続きそうだ。



スマートウォッチ・ベルト交換2021-10-23 23:16

長男の次男(3歳)の孫守ヘルプの日。午前11時から午後5時半まで孫と遊んだが、子供らしい子供でいつもご機嫌さん。
公園でバッタを捕まえたり、疎水の鯉にいっしょに餌をあげたり、近場のプレイランドで100円乗り物で遊んだりした。
午後2時から4時まで、孫はぐっすりと午睡。わたしもいっしょに小一時間添い寝。

孫がすっきりと目覚めたあと、妻がいっしょに入浴させる。入浴後、スライスした柿、蜜柑などを食べさせていると、長男が迎えにきて、百均でかった玩具を大事そうに抱えて孫帰宅。

秋の日ののんびりとした一日。

晩秋めいた天候なので、夏場には底面が熱くなるのであまり使わなかったLinux Mint 20.04 on ThinkPad X220でこのブログ記事を書いている。
ThinkPad X220を9年近く使っているが、最後の7段キーボードでタッチタイピングしやすく、トラブルなく稼働している。たいしたもんだ。


最近、なんちゃってスマートウォッチのXiaomi SmartBand 4とGARMIN 35Jのベルトが破損したので、換えベルトをAmazonで購入。
35Jはマイナーな機種なので、換えベルトは一種類しかない。SmartBand 4は利用者が多いのだろう、Made in Chinaの製品がたくさんある。

まずは35Jのベルトを交換。付属のドライバーが同封されているはずなのに、入ってない。いずれにしろ使いにくいドライバーだろから、所有する精密ドライバーセットを使ってベルトを交換。35jは妻がジムに行く際に使っており、私は使わないけど。



SmartBand 4は5色セットの廉価版を購入。メーカー正規品と比べても遜色はない。なんちゃってスマートウォッチなので、高価な換えベルトは不要だろう。



Band 4を1年半以上、充電時以外はつねに装着しているが、2個今回と同じように止め穴が切れてしまった。

交換して装着しても、従来のものと違和感はない。まずはオレンジ色ベルトに本体をはめてみたが、なにかに似ているなと思ったら、スーパー銭湯などのロッカーの鍵ベルトの色と酷似しているね(苦笑


SmartBandはすでに新タイプのSmartBand 6となっているけれど、充電が2週間もつこと、私の使い方では旧タイプで十分役立つので買い換えしていない。

・目覚まし
・アプリ通知(スケジュールアプリ・ジョルテからの今日の予定、LINE通知、家族アルバムみてねの更新通知、選択したDoCoMoメール通知、天気予報(雨雲接近中など)通知)
・電話受信通知
など必要最小限。

これがないと生活しにくいほど。

某スマートウォッチのように充電が一日もたないなんて、とてもストレスだと勝手に思うけど。充電がもたないから、2台所有して、充電時には他の1台を使用するなんて、本末転倒じゃないかな、知らんけど。

明日は友人とハイキング。このスマートウォッチのウォーキングモードを稼働させる予定。



老いのゆくえ2021-10-22 21:26

急に寒くなったので、コタツを出して、蜜柑を食べながら読書している。
Emacsの古い本を読みながら、本の奥付をみると2004年7月5日初版。17年も前になぜEmacsを使ってみようと思ったのだろう、まったく思い出せないし、通読した記憶もない。


ブログの更新頻度は低下したが、今年の5月末頃からエディタで日記をつけている。凡庸な隠居生活なので「ハレとケ」の色合いは薄く、図書館の本の貸し出し記録、クロモリロードで散策してどんな本を読んだとか、それに連鎖して著者のブログのURLをコピペしたり、Web記事を引用したり。
テキストファイルとはいえ、だらだらと文章が蓄積していくと、検索や整理にとりとめなくなってくる。
そこでEmacsのorg-modeというアウトラインプロセッサの存在を知った。

いつかはプログラミングもしたいなと妄想していたが、プログラミング所作を覚えるには残りの人生は少ない。上記のEmacs本もプログラミングへの憧れで購入したのかもしれない。でもそんな動機では、Emacsを使う梃子にはならないだろう。

「今やEmacsはテキストエディタではなく、Org modeのフロントエンドと考えたほうが良いのではないか。」

と解説されたブログ記事に触発されて、自分のテキストファイル(日記)を整理することにした。文章移動のコマンド、org-modeのコマンド、Emacsの対話型の処理を拡張するhelmなどを自分の日記で試していると、なんとなく乾いた幸福感みたいなものを感じる。

Emacsで日記を読み込むと、折りたたまれた状態。

helm-miniでバッファの状態を確認できる。



** TODOで図書館関係の簡易貸し出し表を作成している。テキストファイルなのにたやすく表を作成できるのが便利。




昨日の凡庸な日記。



今日もクロモリロードで散策して、緑陰で読書。昨夜から春日武彦氏の著作2冊を読了。薄暗い書斎で書かれたような湿度のある文章は嫌いじゃないけど、連続して読むと妙に疲れる。ただ引用されている本がなかなか興味深い。

そして夜に、日記を書く。

コンピュータの乾いた文章と晩秋の天気。承認欲求からは遠く離れているのが心地よい。

明日は孫守ヘルプ、明後日は友人と近場をハイキング。今週、女友達と食事会と思っていたら、自分の勘違いでLINEのやりとりを再確認すると、来月下旬だった。加齢とともにこうした失敗も生じる(だから仕事を辞めて、隠居生活に入ったわけで)。勝手に枯れ木のように老人になっていくと夢想していたが、多くの現実は「プラスティックのように薄汚れてひび割れていく」のが老人ということか。
老人に先達はなく、年寄りにスタンダードなし、と思うので、最近は「望ましき隠居」イメージをひとり妄想するのみだ。



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