王子動物園2017-09-18 22:04

台風一過。京阪神は直撃コースだったが、いっとき強い雨が降ったくらいで暴風が吹き荒れるほどではなかった。今朝は良い天気、朝早くに長男からLineが到着して、「動物園に行くけどいっしょに行かへん?」とお誘いがあった。

現地集合で、妻が皆のお弁当を作ってくれて、午前10時過ぎに王子動物園へ。
息子たちがまだ幼かったころ、何度か王子動物園に遊びに来たけど、たぶん何十年ぶりかの来園だろう。

孫はアシカが泳ぐ姿に興味を持っているようだ。
私と孫。長男に言わせると顔がそっくりらしい

長男夫婦・孫といっしょにベンチでお弁当を食べていると、孫は眠くなったようで長男が抱っこするとまもなく寝入ったので乳母車にそっと息子が置く。

孫が目覚めると園内の小さな遊園地などで遊んでから、帰宅。
台風一過。青空が広がり、すこし暑い

武庫之荘の駅で長男夫婦・孫と別れて、帰宅後2時間ほど昼寝。

その後、ケン・リュウの小説を読みながら、やはり伊藤計劃氏のエッセイを思い出した。


私たちは平等に滅んでいく。そのあいだにいろいろな物語を紡ぐのだ。そして、私たちの身体と想像力は「DNAを運ぶ箱船」みたいなものかもしれない。

のんびりした1日だった。




ケン・リュウ「紙の動物園」とVim2017-09-16 20:20

三連休なれど、台風の影響で雨。
先日、藤井太洋氏の「公正的戦闘規範」を読了。

公正的戦闘規範 (ハヤカワ文庫JA)

その繋がりでケン・リュウ(Ken Liu )のSF小説を知った。

ケン・リュウは1976年中国生まれ、11歳で両親とともに渡米し、ハーバード大学卒業後、コンピュータプログラマー、弁護士を経て作家となった俊才だ。

まずは上記作品を読み進めているが、SF作品としては東洋的な色合いもあり、表題作である「紙の動物園」という短編では情緒的な側面も強い。
これはケン・リュウの出自からしてマージナルマン(境界人)としての傾向があることも影響しているのではないか。マージナルマンは文化のせめぎ合いの中で、どちらの領域(この場合は中国とアメリカ)にも属さず、しかしどちらの領域も自分を生み出した母体として認識しながら、創造する人となったのではないか。

ただケン・リュウ自体はこのインタビューで

「──中国系アメリカ人作家として、作品には中国のカルチャーもよく登場させていますよね。

実は「中国系アメリカ人作家」と呼ばれるのには違和感があるんだ。いつも自分を紹介するときは「アメリカ人作家」と言うようにしている。ぼくはアメリカ人で、中国出身のディアスポラではあるけれど、「中国系アメリカ人」というのはどこか人工的につくられたポジションのように感じるからね。」


と語っている。

ただこの本を読むと、マージナルマンとしての印象は私には強い。

最近、第二作も発刊され解説の藤井太洋氏によるとケン・リュウはVim使いとのこと。

私はこのブログの下書きを、もっぱらVimで書いている。Vimはショートカットが便利だし、軽量・多機能なテキストエディターとしては優れ物だ。
ブラウザのFireFoxのアドオンにVimperatorをインストールし、Vimライクなキーバインドでブラウザをキーボードで操作できるようにしている。このアドオンがあるから、FireFoxが私の基本ブラウザとなっている。


ただこの記事を読むと、ケン・リュウそれほどVimに拘っているようには思えない。


かなり脱線したけど、雨の日に読むには最適な本だ。短編集だから、好きなところから読めるのもいい。




播磨の峠ー赤松峠2017-09-14 20:52

昨日はカーボンバイクで午前10時半頃、発進。

猪名川ー県道12号線と北上して20kmほど走って、ひと休止。
例によって行き先を考えていなかったが、「播磨の峠」などで紹介されている三木市吉川町と神戸市北区の境にある赤松峠に行ってみることにした。

道の駅いながわから68号線を西進、千刈水源地にて。

68号線から左折、千刈CCに至る静かな道を経て、三田市街地へ。

Googleマップで赤松峠の場所を検索する。

枝道が多くわかりづらいので、普段はOFFにしているスマホの位置情報をONにしてポイントごとにチェックしていく。

三田市街地から141号線を北上、左折して356号線を西進。うーん、微妙にアップダウンがあるな。地蔵横を東光寺方面に南下。

溜め池が多い。

吉川町毘沙門あたりで古道の雰囲気のする道に入る。古道や旧道に対する嗅覚はある程度あるようで、Googleマップで確認してみると、間違っていないようだ。

奥吉川村道路元標を発見。

峠に至る道で、南面六甲山方面を望む。

峠手前の小さな池に蓮の花が咲いている。

赤松峠は狭く地味な峠だ。

だが「播磨の峠」では

「京都からも近く、摂津とも接していることから重要な峠であった。そのため東からの攻撃の守りの拠点として、室町時代に国人領主藤田紀伊守がこれまでの城を拡大補強し、赤松山に毘沙門城を築いている。」(同書12頁)

と説明されているので、昔は人の往来が多かったのだろう。

「兵庫の峠」では巻末の一覧に掲載されており、「有馬郡三国の西にあり。俗伝圓心古戦場に因れり。自是播磨国毘沙門堂村へ出る所なり(摂陽郡談)」と簡潔な説明あり。


峠の途中に赤松街道説明板がある。

「赤松街道は、現在の吉川町毘沙門から神戸市北区長尾町上津に通じ、中世より播磨最東端の吉川から大阪、西国街道を経て京都へと続く主街道であり、摂津との国境にあるのが赤松峠(現在地より東へ1.5km)である。
赤松の呼び名の由来は、当時の赤松林から名付けられたと思われる。
毘沙門には、国人藤田氏の居城であった毘沙門城跡、常楽寺(廃寺)の子院赤松山歓喜院の聖天堂(応永18年、1411年建立 国指定重要文化財)、毘沙門堂には常楽寺の本尊であったと伝わる毘沙門天像(仏高 159cm)が安置され、境内には文和3年(1354年)銘の宝篋印塔が残されている。
また嘉吉の乱後、播磨守護赤松満祐が将軍足利義教の首級を京都から赤松峠を通り、東条谷の播磨安国寺に運ぶ際に首級を洗ったと伝えられている井戸もある。以下省略」


竹林の中の荒れた峠道を下ると、人家があり道も綺麗になる。生活道として、このあたりは補修整備されているのだろう。




帰路は17号線を東進して三田市街地へ。70kmほど走って、微妙なアップダウンに脚が削られたのだろう、ふくらはぎの筋肉が固くなっている。

西宮山口町ーR176ー生瀬と走ってきたが、宝塚市内の信号で発進すると思いっきりふくらはぎを攣ってしまった。武庫川河川敷で寝っ転がってストレッチなどをして、帰宅。

帰宅後は座卓に脚をのっけて、血流が脚付近に集中しないようにすると痛みも緩和された。

以前は夏場に200kmほど走っても脚を攣ることなど無かったので、加齢とともに筋肉も柔軟性を失っているのだろう。
最近は峠をあまり走っていなかったので、登坂力もかなり低下しているのだろう。

加齢を実感した日だったけど、楽しみながらロードバイクには70歳頃まで乗っていたいな。

走行距離 92.3Km




久しぶりに脚が攣った2017-09-13 22:22

今日はカーボンバイクで午前10時半頃、発進。

播磨の峠で、自宅から近い赤松峠まで走ってきた。

午後5時過ぎに帰宅したけど、途中両足のふくらはぎが攣ったりした。
まだ暑く、最近は峠を走っていなかったので、猪名川町ー宝塚ー三田ー三木市吉川町の微妙なアップダウンに脚を削られたようだ(汗

脚を上げて血流を安定させながら、ブログ更新。
詳しいライド記録は明日以降にでも。

播磨方面は未走の道が多いので、それなりに楽しめた。

93.2Km

公正的戦闘規範2017-09-10 23:09


今日もクロモリロードで近場をポタリングしたのみ。

古書店で購入した40年近く前の「兵庫の峠」と最近発行された「播磨の峠」を読み比べたりして、Google Mapに登録したりしていた。
播磨の峠ものがたり

藤井太洋氏の最新作が発刊されたので、Amazon Kindle版をダウンロードした。
公正的戦闘規範 (ハヤカワ文庫JA)
「AIは人間の仕事を奪うのか?」などと扇情的に書かれることが多いけど(マスコミは不安を煽るのが商売だから)、藤井氏の小説のほうが遙かに現実的な感じがする。
「量子コンピュータ」の未来なんて荒唐無稽とはとても思えない。


表題となっている「公正的戦闘規範」のみ「伊藤計劃トリビュート」で既読だったが、他の作品は初めて読むけど、藤井氏らしいリズム感のある文体、そして日本に閉じこもらない世界観(宇宙も題材だから当然だけど)を楽しむことができる。

YOGA BOOK(Android版)、タブレット(HP Pro Slate 8)で読んでいる。

ガジェット類はもう現在の所有するもので十分な気がする。
使い方を詰めていくのは、たぶん隠居後になるだろう。

縁側とベースキャンプ2017-09-09 23:14

孫用の玩具、けっこう気に入ってくれたようだ。
昨夜は仕事を終えた長男夫婦が孫とともに来宅して、食事をして帰った。
私たちも共働き夫婦だったのでよくわかるのだが、二人とも仕事・家事・育児と立て込んでいて疲労が重なっているようだ。疲れすぎると人は不機嫌になるし、夫婦だとちょっとしたことで互いに衝突してしまう。


息子たちは中学校や高校の思春期時代にもちろん反抗期があったけれど、彼らは学校や世の中の常識に反抗するタイプで、親たちを批難することは一切なかった。私は10代に親から言われた言葉にしばしば傷ついた経験があるので、息子たちを世の中の評論家みたいに責めることだけはしないでおこうと決めていた。

親というのは「やせ我慢の哲学」が必要なのかもしれない。
社会で疲れた彼らが安心して眠る場所、そしてボーッと縁側に座っておられるような雰囲気のある家庭であればよしと思い、そのように努めてきたつもりだ。

彼らも大人になり、長男夫婦や次男夫婦も三十代前半、人生の上り坂を力強く登っていくべき世代だ。

本隊は彼ら自身で、登山であればピークハントに自らアタックしなければならない。
でも本隊のみでは疲れるだろうし、無理も生じてしまう。だからこそ、親の役目は彼ら夫婦のベースキャンプみたいな位置づけでよいのではないかと、最近考えている。

息子たちの奥さんにとっては、私たちはあくまでも「夫の親」であり、実の両親とは違う。ただ娘と実両親というのは他の方の話を聞いていても、なかなか微妙な関係にあるようだ。甘えれられるだけに遠慮もなく、それがかえって家族ゆえの行き違いも生じるようだ。

私が息子夫婦たちの「ベースキャンプ」であることを望むのは、近すぎず遠すぎない関係性が自分の性に合っていると思うからだ。

今宵も長男夫婦が夕食に来宅。週に1ー2回はゆっくりと食事においでと提案しておいた。

とはいえ孫とひたすら遊んでおりましたが(苦笑

縁側とベースキャンプ、核家族4人から家族関係が拡大していく通過点かもしれません。

「兵庫の峠」を読む2017-09-06 19:29

風邪のため体調がもうひとつなので自宅療養中。

先日、神戸の古書店を覗いてみると興味深い本を見つけたので購入した。
「兵庫の峠」(兵庫県民センター 1978年=昭和53年3月発行)

北摂越譜参考文献の中でも、

「兵庫の峠」:兵庫県民サービスセンター発行
    簡単なコメント・所在地を付したものを含めれば、兵庫県内の峠をほぼ完全網羅。300円、B6判200ページ程度の本なのに。あなどれぬ。絶版。(昭和53年刊)


と紹介されている本だ。

古書店で1000円なり。40年ほど前の本としてはまずまずの保存状態だ。最近は蔵書が増えるのがイヤなので電子書籍を購入することが多いけど、紙書籍のほうが長く残って流通していく。電子書籍はその配信母体がサービスを止めたら(Amazonが永遠にネットの覇者であるとは考えられないし)、そのデータはどうなるのかという危惧もある。

なかなか魅力的な本だけれど、40年近く前のデータなので当然そのあとバイパスや高速道路、そしてゴルフ場などができており、現在は廃道となっている峠も多いだろう。

日出坂峠はこの頃はまだ越えることができたようだが、舞鶴若狭自動車道の高架工事で廃道となってしまったようだ。

美濃坂峠もこの頃は地道だったんだなぁ。


36の峠が紹介されているが、巻末に171の峠が挙げられ一口メモと参照地図が紹介されている。
新道や宅地開発、ゴルフ場により廃道となった峠も多いみたいだ。走っているけれど峠の名前を知らなかったものもある(見比峠、青原峠、横山峠など)。

風邪が癒えたらまた走ってみよう。




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