日常と「朱夏」2020-03-20 22:03

世の中、閉塞状態、でも隠居は日々を淡々と生きるしかないだろう。

コロナウイルスの影響で、西宮・伊丹・宝塚と利用している図書館が3月末まで閉館となり、近隣では尼崎市の図書館のみ開館している。ただ自習室や閲覧席は利用できないので、昨日、中央図書館に訪れても来館者は数名のみ。日常、図書館に長時間いる隠居老人が利用しなくなったことも影響しているのだろう。

読了した本。


「ていねいなくらし」が欲望資本主義に翻弄されていないというライフスタイルということか。松浦弥太郎氏に対する違和感がなんとなくこの書籍でわかったような気もする。自己啓発と暮らしのカタログ化、彼はそれを美しく陳列する才能があるのだろうな。


金子光晴の旅と写真家としての著者の旅を重ね合わせる。
引用されているこの詩が心に残る。
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「南方詩集」
神経をもたぬ人間になりたいな
本の名など忘れてしまひたいな

女たちももうたくさん。
僕はもう四十七歳で
近々太陽にあたりたいのだ。

軍艦鳥が波にゆられてゐる。
香料列島が流し目を送る。

珊瑚礁の水が
舟の甲板を洗ふ。

人間のゐないところへゆきたいな。
もう一度二十歳になれるところへ。

かへつてこないマストのうへで
日本のことを考えてみたいな。

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私もまもなく67歳、やっとこさこの詩の気分になってきた。


名だたる書評家である北上氏にしても、息子二人の前では普通の父親なんだな。もちろん子育てと関連して多くの小説などが紹介されているが。

私は凡庸な父親だったので、息子たちの見本にならず、邪魔でもなかっただろう。何度も申し上げたように「苦労は買ってでもするな」と息子たちに接してきたくらいかな、あとは楽しく遊ぶのも大事って事くらいか。

今週は長男が残業続きだったので、妻とともに夕方から午後9時くらいまで長男宅で孫守の手伝い。息子たちは結婚して子供ができて、「朱夏の時代」をそれぞれ生きている。
私たちも経てきた時代だからこそ、「玄冬の時代」に入った私たちもすこしは役立つことがあるだろう。


大腸癌のため58歳で亡くなった新聞記者の連載作品と日記。死はたぶん日常生活の終焉、だからこそ日々のなにげない生活を愛おしく感じるだろう。
世の中が落ち着いたら旅にも出たいね。



坂東眞砂子氏(氏も癌で逝去されている)の次の文章がすてき。

「時たま、最近の日本の小説を読んだりして、何か精神的に汚れた気分になる時がある。そんな時、私は寺田寅彦の随筆を読みたくなる。心が洗われるのだ。」(同書17頁)


「田園雑感」「郷土的味覚」などの短いエッセイは、故郷土佐を題材にしている。大正10年、昭和7年とそれぞれ旧い時代に書かれているのに、私の感覚とそれほど齟齬を感じない、それも魅力かな。

風邪からくるぜん息で体調が悪かったが、ほとんど直ったようだ。
桜もまもなく開花、ロードバイクでふらっと回ることになるかな。




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