上原隆「胸の中にて鳴る音あり」を読む2007-10-30 01:10

残業して帰宅後、上原隆さんの最新作「胸の中にて鳴る音あり」を読む。
表題は石川啄木の短歌「呼吸(いき)すれば 胸の中にて鳴る音あり。凩よりもさびしきその音!」から引用したものだ。
胸の中にて鳴る音あり

上原さんの本はすべて読んでいる。無名の人々の生活を寄り添うように切り取り、彼なりに再構成していく。
おそらく彼・彼女らの語るものは常に真実とはいえないだろう。
人は、自分自身の過去を、今を紙細工のようにうまくは切り取ることができない。それは作者である上原さんも十分知悉しているのではないか。
語る言葉だけが真実ではない、語るときの表情、そして身のこなしさえも彼は、ときには残酷にときには優しく切り取っていく。

この本ではさまざまな無名の人々が現れる。
「ひとりの男だけを」では、夫婦の歴史を初恋の人(夫)と結ばれた妻の視点から描き
「殺意の階段」では性風俗のオーナーの無慈悲な暴力、制圧的な人使いに殺意を覚える過程を細密に描き、
「『コーラスライン』はここに」「ギタリスト・ヤマジヒデカズ」「落選者」ではミュージカル俳優、音楽、作家をめざす人々の夢と挫折を描く。

「つらいもまた良し」では、作者自身の独白も聞ける。

自分の中で大切なのは、世間体なのか自分にできる暮らしなのか。
私はこう考えている。
単純で小さな自分なりの生活スタイルで生きていく。(同書165頁)


大上段からの論評はきもちがいい。
自分から離れた抽象論はいくらでも能弁になれる。

だがいま隣にいる人、友、恋人、そして家族もあなたに語り尽くせないほどの歴史と思いで生きてきているのだろう。
そのような心の声を聴きとっていくこの作品はやはり異色ではないのか。

オヤジらしくやや感傷めいたところもあるが、生きている切なさや喜びみたいなものも感じることができる。

さて明日からも平日は忙しい日々。週末晴れれば、比良の武奈ヶ岳に登ろう。


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