半径5メートルの環境 ― 2026-03-20 20:46
自分の半径5メートルを、できれば穏やかに静かに生きていきたいし、その環境を維持するためには何をしたらいいかだけを考えれば幸福なことだけど、世の中どんどん悪くなっている。
隠居の日々をピックアップ。
3月7日(土)
散歩の日。ウォーキングで西北ジュンク堂へ。新刊のチェック。
雑誌ユリイカを立ち読み。
新刊を眺めていると、椎名誠氏がとても老けていたことに驚いた。80歳を越えると、さすがに老いが急速に進むのだろう。
西北から路線バスで阪神西宮駅へ。そこから自宅まで歩いて帰ることにした。
今津駅近くの居酒屋で、瓶ビール大とオツマミでひと休止。昼飲みの客で賑わっているが、カウンターでひとり飲むビールも旨いものだ。
武庫川河川敷など歩いて帰宅すると、スマートウォッチの歩数計は2万歩以上をカウントしていた。
雑誌ユリイカの創始者伊達得夫が夭折した原口統三の「二十歳のエチュード」を発刊した人だと知って、国会図書館デジタルコレクションで検索。
「詩人たちーユリイカ抄」(1971年)が、送信サービスで閲覧可能なので、読み始めた。
二十歳の頃は、世の中や家族に反発して生きているので、読書傾向も夭折した人々の作品を読むことが多く、とくに「二十歳のエチュード」でのランボーの描写は、沈みゆく夕日のような美しさを感じた。
そして50年以上経って、原口統三の草稿を世に出した編集者の本(伊達は1961年に40歳で亡くなっている)を読める時代になったのは、時代の何かの縁かもしれない。
3月11日(水)
3月11日(水)
友人と大阪十三で昼飲み。一軒目はチェーン店で軽く飲んで、二軒目はちょっと小料理屋風の店。旧交を温める時間があることは喜ばしいこと。
3月12日(木)
妻と京都伏見区にある淀の河津桜鑑賞に行ってきた。
平日にもかかわらず京阪淀駅からは淀水路に向かう人の列。ここでも外国人観光客が多数であり、日本人は私たちのような老夫婦か老人会の集まりのような人が多い。私たちもこの河津桜を最近知ったのに、外国人観光客向けガイドブックには載っているのだろうか?
ゆっくりと水路を散策してから、淀城跡も散策。
河津桜並木の由来をgemini-cliに尋ねてみると、下記のとおり。
## 淀の河津桜(淀水路)の歴史と知名度
- **植樹の始まり:** 2002年(平成14年)。地元のボランティア団体が伊豆から取り寄せた2本の苗木が最初。
- **目的:** 水路の清掃活動と地域活性化のため。現在は約300本まで増加。
- **有名になった時期:** 2010年代半ば〜後半。SNSの普及や、京都で最も早く咲く名所としての認知が広がった。
- **植樹の始まり:** 2002年(平成14年)。地元のボランティア団体が伊豆から取り寄せた2本の苗木が最初。
- **目的:** 水路の清掃活動と地域活性化のため。現在は約300本まで増加。
- **有名になった時期:** 2010年代半ば〜後半。SNSの普及や、京都で最も早く咲く名所としての認知が広がった。
桜は老木から早く咲くような気がして、それが老人となった私たちとも呼応するところがあるような。その検索結果は
## 桜の開花と樹齢の関係
- **傾向:** 一般的に**老木ほど開花が早い**。
- **理由:** 蓄えているエネルギー量が多いこと、生長(体の拡大)よりも生殖(開花)にエネルギーを回せること、樹皮が厚く熱を蓄えやすいことなどが挙げられる。
- **傾向:** 一般的に**老木ほど開花が早い**。
- **理由:** 蓄えているエネルギー量が多いこと、生長(体の拡大)よりも生殖(開花)にエネルギーを回せること、樹皮が厚く熱を蓄えやすいことなどが挙げられる。
なるほどね。
帰路は乗換駅の京橋の居酒屋でしっかりと二人で飲んで、大阪駅のKITTEで土佐の地酒、お菓子、すまき・ちくわなど買って帰宅。
3月15日(日)
3月15日(日)
長男、次男に我が家に来てもらい、私たちの現在の資産状況、今後の生活予定(我が家のリフォーム計画、姉の相続手続き=息子たちも代襲相続人になる可能性がある)、デジタル情報などを説明。いますぐに手助けは必要ないが、私たちもどんどん老人になっていくので、情報共有のため開催。
具体的な計画を決定する際には、適宜みなで今後も集まることにした。
打ち合わせ後、近場の店で長男の奥さん、孫たちも集合して皆でランチ。私たちの年金収入がそれなりにあることがわかったので、息子たちは遠慮無く御馳走になっていました(苦笑
3月17日(火)
3月17日(火)
姉と大阪で待ち合わせ。義兄の相続手続について進捗状況を確認。煩瑣だが前進しているのは姉の努力のおかげ。細かい事務手続きの手伝いをする。
次男は今年から新しい会社に転職したが、会社とは委託契約なので税申告などは税理士に任せることにしたと先日話していた。日々の仕事が忙しいのに、並行して自分の税申告をすることは確かにストレスだろう。姉も、今後のことは司法書士、税理士、弁護士などのプロに依頼することが結局早道だろうし、その他の雑多な事務手続きは私たちが助力すればよいだろう。
大阪の中華料理屋で遅めのランチを姉と一緒にいただいてから帰宅
■ここ数日
■ここ数日
Linux OSで遊ぶ。
Linux Mint 21.3 on ThinkPad X220のデータを簡易NASにバックアップ。結局、このPCがいちばん使いやすく、Linux上でAtok X3が動いているし、キーボードのタイピングは最高。
それであまり活用していない、Zbook 14 G2のOSを刷新した。
Zbookには256GBのSSD、128GbのmSATAのツードライブを内蔵させているが、今回下記のようなデュアルブート環境にした。
SSD=MX Linux 25.1
mSATA=Pop_OS 24.04
mSATAにPop_OSをインストールしたら設定していたGrubを破損して、SSD上のLinux Mintが起動しない。本来ならSSDを物理的に外してからOSをインストールすべきなのに、すっかり失念していた。これも加齢のせいか、同時並行処理が難しくなっている。
割り切ってSSDにMX linuxの最新版をインストール。MX Linuxはかなり安定している。
(MX Linux 25.1 デスクトップ環境はXfce)
初めて使うPop_OSはかなり癖の強いディストリビーション。日本語入力環境(Mozc)の設定自体、意外とわかりにくいし、デフォルトのターミナルやエディターが日本語入力に対応していない。かろうじてVscodeでは日本語入力できる。
独特のCOSMICというデスクトップ環境。ちょっと使ってみたが、マルチディスプレイの個別解像度の設定などは他のディストリビーションよりはかなり優れている。
(Pop_OS 24。デスクトップ環境はGNOMEベースのCOSMIC)
大型TVをディスプレイとした際には、けっこういい感じ。アプリ管理がSSDのMX Linux上では安定しており、キビキビと稼働する。MX toolもこなれた出来だし、Xfce環境下のメモリー消費量もそれほど多くない。
かたやPop_OSのCOSMIC環境下ではブラウザなどを複数起動すると、8GB近くメモリーを消費しており、Linuxとしては、けっこうメモリー食いのデスクトップ環境だ。
Zbookはメモリーを16GB内蔵しているので、Swapは生じないけれどね。
OS遊びは現実逃避っぽい面もあるけれど、まあ趣味ですから。
3月20日(金・祭日)
義母が入所している老人ホームの家族会に妻とともに参加。
施設の現況、予算、食事などについてホーム職員から説明があり、食事の体験お弁当をいただく。普通食、やわらかめ、そしてペースト状の三種類のおかずをいただいたが、これなら歯が不十分になっても対応できる食事だろう。
そのあと各階のホールで義母や他の入所者とともに茶話会に参加。平均年齢92歳以上だが、みなさんお元気で食欲も旺盛。食欲旺盛で話し好きだから、長生きするのかもれないね。
妻とともに老人パワーに圧倒されて、帰宅後はあっさりとしたおかずとビールで夕食をすます。
Blog(asyuu@forest)内検索







最近のコメント