連休(1)2021-05-08 19:58

2021年5月1日
世の中は連休。今日はのんびりとクロモリロードで図書館まで走る。

図書館に行っても見るコーナは書店と同じ。
エッセイ、コンピュータ、登山・自転車、旅行本、書評、音楽などなど。
小説コーナはそれほど熱心には見ないな。

エッセイのコーナーで見かけた本を手にとり、パラパラと読む。週刊新潮の表紙を連載し
ている画家のエッセイ。写真家や画家の書く文章は衒いがなくてスッスッと読める文章が
多い。でも内容はなかなか滋味あるものが多い。


このエッセイもそのような文章が続く。公園の木陰で読み進める。
「とりあえず」生きてきた私は、夫・父・祖父になって、ものごころついた頃からあまり
成長していない自分のその立ち位置に戸惑うときもある。

静かな今という時間がしばしあれば、いいかなともおもう、「とりあえず」。


5月2日
ぶらっと散歩したのみ。あとは読書。
                                                                                             
5月3日

天気回復。こどもの日が近いので次男夫婦の娘へプレゼントと打診をLINEでする。
次男から希望の玩具(トイザらスの玩具)を画像つきでLINEにて返信あり。
トイザらスのオンラインショップにアクセスして、AmazonPayで支払い注文して次男宅に送ってもらうよう手配。便利な時代になったものだ(翌日朝には次男宅に到着)。

「銀輪に花束を」を読了。この本が発行されたのは2010年12月。加筆修正されて、電子書籍として発行されたのは2019年。そのあいだに2011年3月の東北大震災が起こっている。
そして2020年からはコロナ蔓延の時代。ロードバイクに乗ることの時間をもつことができるのは、とても贅沢なことだとあらためて感じる。

夜、Linux Mint 20.1 on ThinkPad X220を起動させ、日本語入力Mozcで文章を作成しようとするとインライン入力できない。いくつかのパターンを試してみたが復活しない。ここで明後日の方向に行くのが私の悪い癖、時間もあるし「Atok X3 for Linux」をインストールすればいいじゃんとウカツに考えてしまう。
何度かインストールしているがそのたびにトラブルことが多い。


この記事と過去にEvernoteに保存している参考記事をもとにATOK X3をインストール。
で再起動すると、Linux Mint自体が起動しない。
そうだった、ATOKのインストールスクリプトが/var/runを壊すことがあることを失念していた。以下の作業をする。

PCの電源を入れる
即座にShiftキーを押して、ブートメニューを表示
ブートメニューから「Advanced options for Linux Mint ○○」を選択する
次に「recovery mode」の表記がある項目を選択する
リカバリーメニューが表示されたら、「root - Drop to root shell prompt」を選択する
これでシェルに入れるので、以下のコマンドを1行ずつ実行。

mount -o rw,remount /
rm -rf /var/run
ln -s /run /var/run

Linux Mintが起動するがATOK X3は起動せず。

「~/.xinputrc」の設定ファイルに

export XMODIFIERS=@im=iiimx
export GTK_IM_MODULE=iiim
export QT_IM_MODULE=xim

export HTT_DISABLE_STATUS_WINDOW=t
export JS_FEEDBACK_CONVERT=t
iiimx -iiimd > /dev/null 2>&1

/opt/atokx3/bin/atokx3start.sh
/opt/atokx3/sample/iiimf_status_hide

と記述。下2行の記述がもれていたため、ATOKが起動しなかったようだ。

不具合がいくつかある。

起動が遅くなった。
systemd-analyze blameコマンドでチェック。SDDの読み込みが遅い。
設定ファイルを読む込むのに時間がかかっているのだろうか。ただこのSSDは10年近く使っているので、寿命が近いのかもしれない。ぼちぼち最新機種のThinkPadを考える時期が近づいているようだ。


xfce-terminal MATE-terminalなど多くのTerminalでカーソルが消えてしまう。
mltermなら問題がないので、おとなしくインストール。

変換候補のパレットが入力文字と離れて配置される。VimやEmacsでは問題ない。Emacsにはemacs-mozc(Ctrl+¥)でmozcが起動するので適宜日本語入力を起動させたほうがよいかもしれない。

ATOK X3は2017年3月末でサポート期間も終了して、化石のような日本語入力となっているが、Mozcも開発が滞っている。Linux自体が英語圏のOSなので日本語入力に力が注がれることはムリかもしれないな。それでも中古のマニュアル車みたいに使っていくことは可能だろう。

以上の設定に数時間を要す。

5月4日
クロモリロードで図書館巡り。図書館も閲覧・自習室が利用できないので、人は少ないが、利用できるだけでもありがたい。連休中は戸外や公園に向かう車が多いので、カーボンバイクで走ることは自制。クロモリロードはあくまでも移動の手段。

サイバーパンク短編集の「自転車修理人」の表現がヲタク的ですてき。


「それから作業スタンドの万力で固定したゆうべのフレームのエナメルの仕事を調べた。フレームはよさそうだった。午前三時に、ライルはまさにぴったりの幻覚的な明怖さをもってペンキによる細部の仕事にとりかかった。エナメル塗装はいい金になったし、金がひどく必要だった。だが、それは本当の自転車の仕事ではなかった。真実味に欠けていた。エナメル塗装は所有者のエゴの問題だった。エナメルの嫌な点はそこだった。ペントハウス階には、〈街頭の美学〉にのめりこんで、自転車オタクに高い金を出してマシンの装飾を頼もうという金持ちの子供も何人かいた。だが、派手な美術など自転車にはなんの役にも立たなかった。自転車に役立つのはフレームの調節であり、しっかりしたケーブル保護であり、多段変速ギアの正しい張りだった。」



「ライルは固定した自転車のチェーンを店のはずみ車にかけ、グローヴとヴァーチャル・ヘルメットをして、二〇三三年のツール・ド・フランスを半時間やってみた。つらい登り坂は集団の後方につけ、栄光の瞬間には集団の中の同国人から抜け出して、アルド・チポリーニと肩を並べた。チャンピオンはポストヒューマンの怪物だった。コンクリートブロックのようなふくらはぎ。フルインパクトのボディスーツもない安っぽいシミュレーションとはいえ、ライルにはチポリーニを追い越そうなどと考えないだけの分別はあった。」



「ライルの計算では、エネルギーを捕獲して、直接的直感的筋肉的な意味で人間のペダル漕ぎエネルギーとそっくりに感じられるやり方で、そのエネルギーをチェーン駆動にもどせる慣性ブレーキには、大きな市場があるはずだった。バッテリー駆動のモーペッドのゴロゴロ、ブンブンというやり方ではないのだから。うまくいけば、乗っている人間にはまったく自然な感じで、同時に超人間的に感じられるだろう。単純なものでなければだめだった。販売店の店員が手にした工具で修理できなければならない。あまりに華奢で、しゃれたものにするわけにはいかない、そんなことをすればまともな自転車の感じはしなくなってしまう。」


「もちろん、チップ駆動でなければならないが、同時に自転車競技の精神にものっとっていなければならない。いまでは、緩衝装置やブレーキや反応性ハブなど多くの自転車にチップが搭載されているが、自転車はコンピュータではなかった。コンピュータは中身がブラックボックスで、仕組みが目に見える大きな部品などなかった。逆に、人々は自転車には感傷を抱いている。こと自転車となると、人々は妙に寡黙に、伝統的になるのだ。だからこそ、自転車市場はリクライニング式を本当に支持できなかったのだろう、リクライニング・デザインのほうが機械的に大きな利点があるのに。みんな自転車をそれほど複雑なものにしたくないのだ。コンピュータのように、悪態をつき、愚痴や泣き言を並べて、たえずグレードアップを迫られるのが、いやなのだ。自転車は個人的なものだった。自転車は洋服のように身に着けたいものなのだ。」


1997年の短編小説だけど、Zwiftやe-Bikeを彷彿とさせるものがあるね。
最近のロードバイクはディスク化やワイヤレス変速に移行していき、リムブレーキなどは昔のWレバー変速とおなじ衰退の歴史をたどるのかな。でも幸いなことにそのまえに私のほうが十分に年老いていくだろうね。


連休(2)2021-05-09 21:55

5月5日
しっかりとした雨の一日。ぼんやり過ごす。映画と音楽の日。Amazon Videoで映画を2作見る。
映画をみる根気がなくなっているな。

5月6日

公園で小説を読む。
女性の予備校チューターと教え子の男子浪人生、そしてその父3人が熊野古道などをランドナーでサイクリングする。予備校チューターと父は大学時代のサイクリング部の後輩・先輩、そして浪人生の母も同級生で大学時代のサイクリング部員。彼女はサイクリング部の先輩と結婚し、いまの浪人生を出産した後(彼が2歳くらいだろうか)はやくこの世を去っている。


15年以上前にユースホステルに託したタイムカプセルの手紙を受けとるために、大学時代に彼女らが走ったコースを辿りながら目的地をめざす。ロードノベルであり、凡庸なストーリーのような気もするが、人生はなべて凡庸なんだろう(つねに刺激的すぎると人生に疲れる)。

リズムよく読了。コロナが落ちついたら旅に出たいね。

そういえば2年前に高知をひとり旅したとき、街なかの高校生たちがママチャリではなく、わりあいキチンとしたロードバイクに乗っていることに気づいた。なぜかなと不思議に思っていたが、こんな記事を読んで「なるほどな」と得心するところがある。


通学とはいえ、ロードバイクで青春をコンパクトな街で過ごすのは、彼らは気づいていなだろうが贅沢なことだ。

5月7日

天候不順。MITで公開講座がNetに挙げられていることを知る。
講義要録も日本語訳されている。Linuxの必要最小限の所作が解説されているので、順次Terminalを起動してチェック。講義もYoutubeにアップされており、英語→日本語の自動翻訳字幕をONにして講義もみてみた。当然ながら、自動翻訳はかなりめちゃくちゃ。



テキストファイルの閲覧コマンド「cat」は文字どおり「猫」「猫」と翻訳される。
大筋をざっくりと理解すればいいかな。でもこの講義、とってもアメリカ的。フランクで講師の好みがかなりはっきりしている(当然ながらLinuxいっぽん押し)。

閲覧する端末はIdeaPad Duet。MATEターミナルを起動してChrome上のYoutubeで動画閲覧。
すべての端末は隠居にとっては「役立つかどうかなどからは遠く離れて、おもろいもの」が利用の主眼になるだろうな。

その視点からするとChoromebookは新鮮なデバイス。ただGoogle依存が大きすぎるので、情報や記録の保存はLinux主眼にしたほうがよいだろう。Googleのサービスは気まぐれなので、いきなりサービスを変更・廃止するし、最悪の場合Banされる可能性もなくはない(だから有料サービスに移行したらよい場合もおおいかもしれない、とくにgoogle 1など)。


5月8日
土曜日は長男が孫二人の育児をしている。そしてコロナ蔓延状況なので、我が家に来ることを控えていたが、午前中のみ近くの公園で子守のヘルプにいく。孫1号は父親である長男と遊び、孫2号をわたしたちジイジ・バアバが相手。
2時間ほど公園で遊んで、本屋で絵本を買い、我が家で昼食。孫2号はとくにモリモリとなんでも食べる(カレー、トマトのジュレ、プリンなど)。遅めのこどもの日プレゼントとして、孫1号には本人が希望した「世界幻妖図鑑」、孫2号はひたすら電車関連なのでプラレールの絵本を購入。


「世界幻妖図鑑」はなかなかできた図鑑で(世界の妖怪の話だが)、孫1号も怖いもの見たさで気に入っている

孫たちが帰ったので、30分ほど午睡。

午睡のあとクロモリロードでブラブラと散歩。

公園で読書。


5月の風とロードバイク2021-05-11 22:30

昨日(5月10日)から尼崎市でもコロナワクチンの電話とWebで接種予約が始まった。サイトにアクセスしてみると、案の定アクセス過多でつながらない。途中、「アクセス過多で中断してます」のメッセージが表示されるのみ。

6月末までの接種可能数は11000人弱。尼崎市は65歳以上の対象人口が11万人ほどいるから、このペースだと2回接種をすませるの20か月ほどかかる計算になろうか。

AIにも劣りそうな首相が、根拠なく「1日100万人接種!7月末までには高齢者の接種を終える!」と宣言しているが、あくまでも「目標」だし、達成できなければ「申し訳なく思っています」ですますんだろうな。

まずは医療従事者、老人施設の入居者・従事者などの接種をすませ、それから高齢者順に高齢者を完了させ、話はそれからだという感がするけど、「嘘をつき続ければ勝ち」という価値スタイルを体現している人たちだから期待できないね。

グチグチいっていても仕方ないので、カーボンバイクで軽く走ってきた。

コロナ蔓延から1年以上、日常制約が続いているけど、ひとり遊びのすきな自分はその点では影響が少ない。43歳から10年ほど単独登山を続け、54歳から14年近くソロライドすることが身体活動の主眼となっている。山岳サークルや自転車チームに所属しなかったので、技量はほとんど進歩しなかったけれど、そのぶん誰にも忖度しなくてよい自由な時間を享受できた。自分の技量以上のことは登山にもライドにも求めないので、遭難も事故にもあわずに生活してきた。まあ単になんとなく運がよかっただけだろうし、それがずっと続くなどと思うほど傲慢でもない。「自動車優先」スタイルをとるドライバーも多いので、街なかを走るときは安全最重視。

西国街道を東進して茨木市の椿の本陣まで走る。街道っぽさが残っていて、街なかでは好きな道だ。

地蔵近くでひと休止。

帰路はやはり南西の向かい風。

農業公園の春薔薇が満開。

58kmほど走った。

さっさと風呂に入って、夕食。そして昨日以来読んでいる本を読了。

表題につられて読んだけれど、ダラダラした小説。

88歳の隠居が主人公だが、認知症気味の妻、50歳前後のひきこもりの長男、「長女」と自称する次男、仕事がうまくいかず老親に借金をせがむ三男。いわゆる8050問題をとりあげているように見えるけど、登場人物の設定がなんか魅力的じゃない。主人公が昭和のエロ関係の雑誌・ビデオの収集が趣味という設定だけれど、ストーリー展開では添え物みたいな感じ。

妻が倒れて介護が始まっても、主人公は94歳なのにかくしゃくとしていて、息子たちもなんも変わらない。まだ若い(作者は執筆時58歳、そういえばその頃私もフルタイムで働きながら毎月1000kmほどロードバイクに乗っていた)ので、作家としては老人のイメージが貧困なんだろうな。でもイメージ力が小説の魅力じゃないかな。

Dマガジンなのでいろいろな雑誌の書評欄を読んでいると、新刊がでると同じような本が取り上げられ、書評もベタ褒めということが多いのに気づいた。ほら、TVのバラエティー番組などで俳優が久しぶりに登場すると、映画の番宣だったりする傾向といっしょやね。

この本も各書評でかなり好意的に書かれていたけど、妻も「ストーリー展開も結末もぞんざい」という同意見。

画家のエッセイ。おいしい日本酒が飲みたくなる。




音楽関係のエッセイもおもしろいのでいま読んでいる本。

コロナ予約のサイトを寝る前にチェックすると、遠くの会場が60人ほど空きがあるけれど遠すぎるので妻のぶんは申し込まず(私は通院している病院で接種するつもりだが、たぶん秋までかかるんじゃないかな)。

今日はクロモリロードで図書館へ。予約本を受けとる。

Emacsを各NotePCにインストールしているので、解説本を流し読みする予定。最近はVimとVScodeがエディターの主力となりつつありEmacsは敬して遠ざける感じかな。たぶんもうキーバインドを完全に覚えることができない。

今年は梅雨入りが例年より早そうだ。それまでロードバイクにひとり乗っておこうか。


里山周回と仁川・甲山トレッキング2021-05-14 20:56

5月13日
昨日は天候不順だったので、読書。
今日は天気回復したので、カーボンバイクで空気圧を調整して午前10時すぎに発進。東北東の風強く、伊丹空港に着陸する飛行機がいつもの大阪側からではなく宝塚方面から着陸してくる。

東進するとおもいきり向かい風。県道12号線を北上する。途中、前輪からプシューと音がしたので、「ひさしぶりにパンクか?」と前輪をチェックするとパンクしていない。自販機で買ったエナジードリンクをボトルに移していたが、炭酸性だったので緩く閉めていた栓を炭酸がもちあげた音だった。かなりまぎらわしい。

12号線旧道でやたらサイレンが鳴り響くので、またまた「なんだろう?」と怪訝に思っていると、一庫ダムの警報訓練の電光掲示が表示されている。またまたまぎらわしい。



肝川旧道にて枯れ枝をホイールに巻きこみそうになったので「今日もより慎重に走れということやな」と、慎重さを再度確認する。

阿古谷集落にて。「北摂里山周回コース」の標識が設置されているんやね。




サイトを見るとなかなかガチなコース。10年前なら楽勝だったけど、いまはヘロヘロになりそう。



歴史街道沿い、いつもは通りすぎるお寺のベンチで休憩。次男夫婦から母の日のプレゼントとして、妻にドライフラワー・お菓子の詰め合わせ、そして孫娘からのお祝い色紙(まだ字がきちんと書けないので、手形を押している)をいただいたが、フィナンシェの菓子をおすそ分けしてもらってライドのおやつにした。

新緑が美しいね。

林田から上って、くろまんぷを通過。静謐なり。

槻並の田んぼに水が張られ、まもなく田植えが始まるのだろう。

帰りに伊丹の義母宅に立ち寄る。

伊丹市でも高齢者向けのコロナワクチン予約が始まっているが、来週からかかりつけの医院でも接種予約可能となる。でも医院に直接予約するのではなく、コールセンターに電話予約または、WEB予約をする必要がある。
高齢の義母にはむつかしいだろうから、接種券をあずかり私たち夫婦が代行で申し込むことにした。

バックパックに接種券などを入れて午後4時前に帰宅。

走行距離 81km 平均時速 18km 獲得標高 1386m 最高速度 53km

5月14日
ぐんぐん気温が上がりそう。季節が2週間ほど今年は早いので、まもなく梅雨入りかもしれない。今日は近場をトレッキングすることにした。

昼前にクロモリロードで発進。仁川激坂直登を迂回しながらピクニックロードまで上って、甲山森林公園の入り口の木陰にクロモリロードを駐輪。仁川渓谷沿いを歩く。

以前はトレイルランでこのコースを辿ることが多かったけど、右膝もまだ完治はしていないので、膝に負担をかけることはできない。新緑が美しい。平日の自然路にはほとんど人がいない。

仁川渓谷に降りてみた。水量が多く、対岸に渡る飛び石で転倒してもあかんので、眺めるのみ。


北山貯水池から北山国有林へ。

北山ロックの岩場でちょっと昼寝。梅田方面の高層ビル群を眺める。

岩肌がここちよい。


北山緑化植物園は館内展示などは閉鎖されているが園内の散策はOK。

別コースで北山貯水池に戻り、神呪寺にお参り。お寺横の登山口から甲山に上る。うねうねと木段が続く。

頂上。二等三角地点。


短い登りなのにばて気味。10年前、湖西線比良駅から3時間ほどで武奈ヶ岳に登ったけど(標高差1000mほど)、確実に加齢が進んでるね。アラ古希だからその範囲で遊んでいくほうがいいだろうな。

最高気温28度、半袖でもたっぷり汗をかいた。

次男から譲り受けたトレイルランシューズ。グリップ力がよくていまだに愛用している。

3時間ほど自然の中で遊んで、クロモリロードを駐輪している場所へ。いっき阪急仁川駅まで下って、帰宅。
シャワーを浴びて缶ビールを飲む。小確幸。


時速から自速へ2021-05-18 19:57

2021年5月15日(土)
午前中は近くの公園で孫守りのヘルプ。長男、孫二人と2時間ほど公園で遊ぶ。
孫1号5歳7ヶ月、孫2号2歳7ヶ月の活発な男子。とくに孫2号は妻に言わせると「幸せオーラ満載の笑顔をする」機嫌よしの男の子(孫1号も機嫌よしだが、おにいちゃんで長男だからそれなりに聞き分けする面が強いかな)。

我が家で昼食後(孫たちの好きなフルーツサンドなど)、長男らは帰宅。私はクロモリロードで散策。

5月16日(日)

1951年の観測以来、もっとも早い梅雨入り。もうね、天も「オリンピックは中止やろ」と宣言しているかのような想定外の早さ。6月に集中豪雨などの天災がきたら、自治体のコロナワクチン接種にも影響を与えかねないね。

午前中は天気がもちそうなので、クロモリロードで図書館へ。予約本を受け取る。

そのままクロモリロードで20kmほどポタリング。

5月17日(月)

朝から義母のコロナワクチン接種予約のため、IdeaPad Duetの前に鎮座。本日からコロナワクチン接種の個別予約(医療機関で接種)の予約が始まるので、Duetの前で待機した次第。午前9時に予約サイトにアクセス。

義母の住む伊丹市はすでに集団接種会場での予約が始まっているが、かかりつけの病院のほうが義母も慣れているだろうから、個別接種を予約することにした。

サイトにはすぐアクセスできたが、肝心の医療機関のリストが表示されていない。HPの説明を読むと、「午前9時から順次指定医療機関をあげていく」とのこと。そうなんや。

あいうえお順に医療機関が更新されていく。尼崎市の予約サイトではIEでは繋がりにくいと注意されている。かつて最大のシェアを誇ったインターネットエクスプローラー(Internet Explorer: 以下、IE)の開発は2015年ですでに停止されているが、まだまだブラウザとして使用しているのかな。

私はブラウザはFirefoxかGoogle Chromeを使っているので、今回はChromeでアクセス。

1時間ほどして午前10時前に義母の通院している医療機関が予約サイトにUpされてたので、すぐに予約。義母とも相談して5月下旬に1回目の接種を予約。
けっきょく1時間ほどDuetのまえに張り付いた状態。サイトにとどまったままリロードすればよいからあまりストレスはない。
そのあいだ妻が横でスマホで予約サイトに架電するも、当然ながらつながらない。本日もNTTが着信制限をしているようだ。

単身の高齢者だとネット予約はかなり敷居が高いだろうね。

午後からは雨がしばし止むようなので2時間ほど散歩。近くの公園にはほとんど人影はない。バラの花が満開。




ここ数日で何冊か読了。


音楽と自分史がつながった著作。音楽に携わったり音楽評論家でなくても、あのとき・あの場所で・あの人と「その音楽」があったことは人生には多い。



最近はハイレゾ音源なるものがあるんだ。ウカウカと生きているあいだに世の中はずいぶんと変化している(当然だけどいろいろなものについてイケないや)。



自転車に関する文章のアンソロジー。
真鍋博の「自転車、そして自転車の思想」が群を抜いている。
1973年にこの本は発行されているが、より速度優先となり「自動車優先社会」となっているのが現状だ。彼の予測は欲望資本主義の中では裏切られ続けたのだろう。

下記の文章には惹かれるね。

時速から自速の時代へ
「スピードがいろいろの価値体型のなかで選択できる豊かさと、それを自分の生活に生かせる手段の豊かさが、本来の交通の核なのである。
自転車の速度にはその選択がある。速く走るのも、ゆっくり走るのも、思いのままだし、自分の意志だ。
自転車の速度は、自分の速度だ。時速というよりも自速である。
これからの新しい人間とスピードの関係には、時速よりも自速を計るメーターがなければならない。
われわれはいま、まちがいなく機械文明のゆきづまりのなかにいる。
だからといって、機械文明を否定すれば、生活はとたんに原始化せざるをえないのだ。
そうかといって、ただ機械文明を肯定すれば、コンピューターだ、SSTだ、そして公害だ、騒音だとSF的悪夢にさいなまれるだけだろう。
ゆきすぎた機械文明を是正するために、文明のテンポを変えざるをえないのだ。」


5月18日(火)

午前中は義父が入所している施設にて義父とリモート面会。
コロナのため面会制限が長く続いているが、それも影響して刺激のない生活になっているかもしれない。タブレット画面越しでは義父ももうひとつ私たちのことを認識できないようだ。まもなく義父は96歳、誕生日祝いとお菓子などをスタッフに手渡し義父に食べてもらうよう依頼。
面会後、義母宅に立ち寄り、預かっていたコロナワクチン接種券を返して、妻が問診票の事前に書ける部分を補充して渡す。ワクチン予約ができたので、義母もすこし安心したようだ。ちなみに私たち夫婦は、まだ予約できていないが本来、より高齢者順が妥当だろうと思っているのでそれほど慌ててはいない。

帰路に伊丹市立図書館に立ち寄る。昨夜、真鍋博「自転車賛歌」の所蔵を各図書館でネット検索したところ、伊丹市立図書館のみが所蔵していた。
閲覧用端末から出庫依頼して、本を借りる。1973年発行だからかなり古い本。

「自転車賛歌 20キロ文明への憧れ」という表題なんやね。

冒頭に「自転車賛歌」という詩が載っている。いくつか興味深い部分を抜書してみると

「自転車の自は、自分の自だ。
原動力は足で、制御は手で。

自転車の自は、自身の自だ。
自分の力で走り、
自分の意志で走る。

自転車の自は、自信の自だ。
たとえひっくりかえっても
自転車のせいにしたりはしない。
自分の力を知っている。
自分の力を信じている。

自転車の自は。自速の自だ。
速度はせいぜい時速二〇キロ、
歩く早さは四キロだから、
二〇キロなら駆ける速度。
時速二〇キロならぬ自速二〇キロの世界。
話もできれば立ちどまりもできる。
ふりかえりもできれば、
知った人には手もあげられる。
知らない人にもめぐりあえる。

自転車の自は、自適の自。
人間にとって悠々自適の生活とは
はたしてどんなものなのか?
いまいちど自ら問うためにー」


自転車優先社会

レンタサイクルで自転車のネットワーク社会となり

公共交通機関に自転車を乗り入れ可能とする社会


そんな社会をおよそ50年前に予測・希望したイラストだけど、高度経済成長・欲望資本主義はそれらを眼中にすることはなかったんじゃないかな。

でも成長神話が色あせたものとなったいま、上記の詩を読むと、自分だけでもそうやって生き滅んでいくのもいいかなと思う。


「PAPERSKY-KOCHI-」と土佐人の翳2021-05-22 20:01

2021年5月19日(水)
前日の天気予報は曇天だったが、予報より梅雨前線が北上してしまい朝から雨。
週に一度は平日にカーボンバイクで80kmほどは走ろうと算段しているが、それもかなわず。

午前中は読書。


なぜかフランス旅行の帰路の飛行機で見た北欧の夜景を思い出した。長いフライト時間だから機内は満席なれど静か、そして室内灯も灯りが暗めに設定されている。眠れずにシート前のTVでフライトレコーダーの画面を見ると、ちょうどスカンディナヴィア半島の上空を通過している。

飛行機の窓から眼下を見ると、北欧の町の灯りが美しい。東京や大阪などの都市の夜景と異なり、淡い灯りが点在している夜景だ。

この詩集のようなコミックを読んでいると、その飛行機の場面も思い出したな。

午後からは小雨となったので、ウォーキングで西北のジュンク堂へ。新刊をチェック。
「PAPER SKY-KOCHI-」の新刊が出ている。特集は「海へ、山へ、大自然の懐へ、野性を刺激する “モダン・ノマド” の高知旅」


毎年一度は高知旅をしようと思っていたが、コロナ蔓延のため遠くへの旅行は自制している。

ウォーキング 10km弱

忘れられた玩具



5月20日(木)
午前中はかかりつけの病院で定期検診。雨なので散歩がてら病院へ向かう。事前にWeb受付しているので、自分の順番となる頃に病院へ到着。

先月の血液検査の結果を主治医から聞く。尿酸値が高め以外は、いまのところ異常な数値はなし。尿酸値は30代ころからずっと高め。ここ数年も高どまりのままなれど、投薬するまではないでしょうという主治医の意見。

あと10年ほどは、だましだだまし身体を維持できればいいかなと勝手に算段しているが、これはさすがに自分のおもうままにはならないだろう。

待ち時間のあいだ「PAPERSKY」Kindle版をダウンロードしていたので、スマホで読む。ローカルとしての高知礼賛の文章が続く。

19年間生まれ育った町がほめられることはよいことだろうが、同時にそれはあくまでも若い移住者や旅人からみた視点という小さく限定的な評価だ。

私は19歳で高知を離れる際、「こんなしんきくさい町には二度と戻ってこない」と密かに思ったが、それも自分の狭い生活史と価値観からくるもの。

司馬遼太郎はかって地元の史談誌に「土佐人の翳」という小文を寄稿している。

「私ども他郷の者の目からみるのに、土佐人の面影にはつねに淋しさの翳がある。孤独というか、虚無感というか、歴史上の土佐人だけでなく、いま私がつきあっていただたいている諸先輩や友人たちにもかならずそれがある。おそらく土佐人自身は自分のそういう特徴に気ずいていないにちがいない。

坂本竜馬が大政奉還後、新政府の役人になることをこばみ、西郷を鼻じろませたのもこの基質であり、かれが、「わしはそういうものになるためにいままで奔走してきたのではない」といったとき、その土佐的翳が一段と濃くなったことであろう。」


南方的明るさや、いごっそう(頑固で主義をとおすこと)はちきん(しっかりものではたらきもんの女性)が土佐人の特徴として強調され土佐人もそれをよしとする傾向があるが、司馬遼太郎は慧眼だったかもしれない。土佐に限らず、ローカルで生きるということはどこか翳を身体にまとわりつかせる、たぶん四国山地に遮られ太平洋は眼前に茫洋と拡がっとていることがかえって、人に翳をもたらすのではないのか。

19年間の高知でまわりの大人や同級生もこの翳とは無縁でなかったような気がする。


若い移住者は、小さく賢く生きるライフスタイルを選択していくだろうし、そのエネルギーは若さの力だろう。

老人のローカル暮らしは無理なので、旅人として今回紹介されている場所も訪れてみたいね。


「PAPEP SKY」のHPを見ていると、雑誌の特集にふさわしい音楽のプレイリストが聴けるようになっている。IdeaPad Duetでプレイリストを聴きながら、特集を読む。グラベルバイクやロードバイクでの旅の記事、石川直樹氏のエッセイなども連載されていて魅力的な雑誌。

5月21日(金)
昨夜は強い雨。今朝も雨が降りつづける。
午後からすこし小雨になったので、路線バスで阪神尼崎駅まで出て、自宅までウォーキング。
バス内ではブルース・スターリング「タクラマカン」を読む。乗り物内ではけっこう読書がはかどる。


庄下川沿いを北上。川沿いの遊歩道は昨夜以来の雨で、ところどころ水たまりができている。


10kmほどウォーキング。



六甲山系登山詳細図(東編)2021-05-24 22:04


2021年5月22日(土)

午前中2時間ほど、長男・孫二人と近くの公園で遊ぶ。

Dマガジンで雑誌「Number Do」が新たに閲覧可能となっている。
今回はランニング特集で読み応えある記事が多くある。




・大迫傑「僕がケニアで走る理由」

・練習日誌を書こう 高橋尚子×川内優輝「能動的な汗を刻みつけろ」

・本はやる気の源 吉森保×原良和「走りを読み解く科学的思考」


右膝が完全ではないのでジョギングを控えているけど、またゆっくりでも走りたいね。



「本はやる気の源」で何冊か紹介されているうち、一冊が図書館の分室に蔵書があったのでクロモリロードで向かう。何冊か本を借りて、義母宅へ。田舎から送られてきたワラビのおすそ分けをバックパックに入れ、帰宅。帰宅すると、雨が降り始めた。

5月23日(日)

梅雨の中休み。クロモリロードでポタリング。西北のジュンク堂で新刊をチェック。
「Number Do」で紹介されていた「六甲山系登山詳細図(東編)」の購入しようとし。たが、西編はあるも東編がない。六甲山系を(そして比良山系も)40代にほとんどの登山道を歩いているはずだが、メインルート以外は「古道」扱いになっているかもしれない。私が歩いた感じでは、六甲山頂より東のほうが低山なれど変化に富んでいる印象。いくつか別の書店もまわってみたが在庫はなし。

結局Amazonでポチって明日午前に到着予定。

20kmほどポタリング

5月24日(月)

昨日午後2時頃スマホで注文にした「六甲山系登山詳細図(東編)」が午前8時半、Amazonから到着

恐るべし早さ。歩いたことのない「赤子谷」のルートを眺めてみるとワクワクするね。
ただ六甲のメインルート以外は、鉄塔巡視路に迷い込んだり、砂防工事の堰堤に突き当たったりして道迷い、滑落の危険は低山とはいえ十分にある。ましてや自分自身が老犬みたいになっているしね(苦笑

クロモリロードで近くまで行って、短いルートをぐるっと周回すればおもしろそう。
スマホアプリ「山と高原地図・六甲」とこの地図を併用の予定。

小雨などで午後からウォーキング。武庫川左岸を北上し、宝塚まで歩く。
喫茶店にて珈琲を飲みながら読書。雨が強まったので路線バスで家の近くまで帰ってきて、公園を歩いて帰宅。

ウォーキング 11km




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