小さき者と「私有地」2019-07-29 12:28

今月は長男夫婦の子ども達が交互に体調を崩して、子守の手伝いに行くことが多かった。先週は長男夫婦の次男(10ヶ月)が風邪だろうか、咳がひどくて高熱も出て、ジイジ・バアバで交互に抱っこしていてもかなり機嫌が悪い。

子育ては体力勝負、コストパフォーマンスなんて言えないよなと若い頃は考えたけれど、老人となって孫たち小さき者に少しは役立つことも「後になるべき先の者」としての務めだろう。

昨日はクロモリロードで図書館巡り。

荻原魚雷氏のエッセイにたびたび登場する詩人天野忠氏。

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「私有地」
五十五歳で
父は 
卒中で倒れた。
額に大きな瘤をもっくりとつけて
いきなり死んだ。
水を打ったばかりの狭い庭石の上で。
河鹿笛が上手だった。

母は
長いこと寝たきりで
六十歳で死んだ。
畳のへりをさすりながら、熱い息をして
あのとき
私の方をしきりに見るふりをしたが
私は眼をそらせて
足をさすってばかりいて・・・・

父の五十五歳も母の六十歳も
何の障りもなく
私はスーッと通り越してきたのだが。

いろいろなむかしが
私のうしろにねている。
あたたかい灰のようで
みんなおだやかなものだ。

むかしという言葉は
柔和だねぇ
そして軽い・・・・

いま私は七十歳、はだかで
天上を見上げている
自分の死んだ顔を想っている。

地面を水平にねている
地面を変わらぬ色をしている
むかしという表情にぴったりで
しずかに蝿もとんでいて・・・・。
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66年も生きると私にも「いろいろな昔」があり、「あたたかい灰のようでみんなおだやか」なものだろう。

このエッセイ

天野忠さんの生と詩 - 作家 秦 恒平の文学と生活

を読むと、天野忠氏は定年退職後、精力的に詩作に勤しみながらも、組織言語は使うまいと決心していたのかもしれない。

まもなく8月。

8月は一年で一番好きな月なので(誕生月のせいだろう)、隠遁者なれど友人らと会う約束を多くしている。「下鴨納涼古本祭り」には今年は行きたいな。天野忠氏のエッセイなど探してみたい。

2019年「下鴨納涼古本まつり」日程です: 京都古書研究会ブログ



今日は午前中は5kmほどジョギング。暑い。
緑陰で軽いストレッチと筋トレ。

夕方は孫守の手伝いで長男宅へいき、長男が出張中なので長男の奥さん・孫と食事して、孫が寝るまで長男宅にお邪魔する予定だ。



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