アラ古希2018-08-16 20:25

先日、満65歳になった。当日は、鳥取から帰ってきた長男と妻と3人で、近場の焼鳥屋にて夕食。長男から「アラ古希やな」と言われた。

四捨五入すると古希(70歳)だけど、いままで大きなケガも病気もしたことはなかった。でも65歳を過ぎると、いつ病気になったりしても不思議じゃないし、人生は有限だということが現実味を帯びてくる。

隠居なので「明日のために我慢する」ということは、もう生きるスタイルとしては相応しくないので、ぼちぼちと旅なども来月からは始めようと思う。


2002年8月に芦生の森・由良川源流部遡行を単独で行い、3日4泊のテント泊をした。


森に独りテント泊することも恐れず、20kg以上のザックを背負っても平気だった。精神も肉体もいちばんスッキリしていた時代だ。


2003年8月には口永良部島に滞在した。口永良部島で泊まった「民宿くちのえらぶ」の貴船庄二夫妻の生き方が、組織人の私には羨ましかったが、再訪を期しながら日常生活に埋没して、日々を過ごすのみだった。

貴船庄二氏は

1947年、大阪府吹田市に生まれる。戦後を引きずる社会の中で田んぼや池や路地裏で遊び惚ける少年時代を過ごす。1965年、大学進学にあたり美術を志すも受験の意思なく2年間大阪近辺を歩き通す。1967年、東京都小平市へ転居。西洋画科に一年在籍、中退。以降、数々の職を転々とする。1973年、口永良部島にたどり着く。1982年、島を出て兵庫県へ。1991年、再び口永良部島へ

という経歴だが、最近この本を上梓してから、亡くなられている。 島に棲む―口永良部島、火の島・水の島―


口永良部島は2015年新岳が噴火して、一時全島避難となり、今回も避難準備情報が出ている。

新岳へのガレ場を上っていく

野生の鹿に遭遇

貴船氏にとっては全島避難のストレスなどもあったのかもしれない。
氏と民宿の縁側から煙草を吸いながら、薩摩硫黄島を眺めたことが忘れられない。


アラ古希となり、自分の生き方ゆえに会えなくなったり、亡くなられて会えなくなってしまった人が増えてきた。

よきものとよき言葉と、よき風土に今こそ出逢う生活がより自分には必要となっているのだろう。


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