一週遅れの父の日2020-06-29 23:01

毎日30度越えの日々、凡々と過ごしている。

クロモリロードでブラッと走って、公園の緑陰で電子書籍を読む。


コロナウイルスを題材にしたSF短編が掲載されている。

そのうち未知だった作者の本を2冊、図書館で借りた。若い世代の作品に興味があるな。


あとは南丹市の定住促進のサイトにある「集落の教科書」をじっくりと読ませてもらった。
南丹市は平成の大合併の際に,平成18年1月1日に園部町・八木町・日吉町・美山町が合併して誕生。当然ながらそれぞれの町の歴史も風土も異なるものだが(ロードバイクで走っていると感じた)、大合併により市町村数が3,232から1,821に減少している。

合併後の市名はとってつけたような名称が多い。でも南丹市はよい名前のような気がする。

私は凡々と隠居として生きて、たぶん阪神間の街で死ぬだろうけれど、若い人は新たに地縁・血縁を結んで、ローカルで生きていくという方法もあるだろうな。そうすると「集落の教科書」も魅力的に見えてくる。

この本を読んでいると

「人口は過疎になっていっても、心は過疎にならない」
人口が減ってゆく町で看護師として働く寺島咲がそういう。いま日本の社会の大きな問題は地方の過疎化だが、大林宣彦監督の「野のなななのか」(14年)は、小さな町にこそまっとうな暮しがあると、静かに語りかけてくる(「なななのか」は、「七つの七日」「四十九日」のこと)。(同書190頁)


映画「君の名は。」に関して次のような文章もある。

こういう緑豊かな小さな町が、彗星の寄って消滅してしまう。そうさせまいとして、少年や少女たちが必死に走る。「国を守る」のではなく「町を守る」。その小さな視点が素晴らしい。(同書218頁)

ローカルでキチンと生きるということは、町を守ること、そして神は細部に宿り給うかもしれないな。

昨日は一週間遅れの父の日を祝う会ということで(それを口実に息子たちが食事に)我が家に長男夫婦・次男夫婦、そして孫たちが集合。大人6人、孫3人だと老夫婦には適正な小さな暮らしも、さすがにこれだけ集まると居間が狭苦しい。窓や襖を開けて換気をよくして、夕方から食事会。

長男夫婦から日本酒大吟醸、次男夫婦からは孫の写真入りのTシャツをプレゼントされた。父親としてはそれほど出来のよいわけではないが、息子たちは私よりは利発に、そしてのびのびと育ったような気がする。3時間ほど歓談、とはいえ部屋を走り回る孫たちを見守ることにも忙しかったな。

今日は長男宅に午後から子守のヘルプに行く。孫2号と遊んでいると、長男からスマホに電話がかかってきた。ふだんはLINEで連絡をとりあっているので、急用かな?と電話に出ると、急遽明日から一泊二日で東京出張に行かなければならず、明日・明後日も子守のヘルプに行くことになった。

次男夫婦たちも奥さんのご両親に子守のヘルプをしてもらっている。
いまの若い夫婦たちも、それぞれの両親のヘルプなしにはなかなかしんどいだろうね。

昨日、我が家の狭い押し入れで遊ぶ孫たち。
息子たちも小さい頃住んでいた借家の押し入れに二人でよく入って、襖に大きな穴をあけてそこから出入りしていた、猫と変わらないや。





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