「みてる」ー十万辻を越えて2020-01-09 21:19

2020年1月8日〜9日

8日(水)

「春の嵐」のような荒天、朝から暴風警報が出ている。夕方は孫の保育所迎えなどの所用がある、その前に軽く武庫川をジョギング。強い北風で上流に向かって走ると背中を押し続けてくれるけど、帰りは当然ながら逆風。

コスモス畑も枯れて、来年まで地中に潜むことになるのだろう。

ジョギング 8km

夕方6時前に、妻とともに長男夫婦の息子二人を保育所に迎えに行き、用意していた夕食を長男宅で孫たちに食べさせる。二人とも育てやすい子供で、そして元気いっぱい。

長男が人間ドックのため病院に泊まるので、孫守を手伝っているが、そうこうするうち長男の奥さんが仕事から帰宅。孫たちの入浴が終わり、孫2号が就寝した午後8時過ぎに帰宅。

9日(木)

妻は早朝から、長男宅に孫の保育所送りの手伝いに出かけた。私は朝は苦手なので、普段通り午前8時頃起床。

朝食のあと、妻は友人と会う予定、そして孫守の予定もないので午前10時半頃、カーボンバイクで走ることにした。今年は暖冬、今日は昨日と違い強風はなく、曇天なれど走りやすそうだ。夏生まれなので、10年前は夏にバリバリとロングライドしていたが、さすがに加齢とともに夏の暑さがこたえるようになってきた。暖冬ならば、空気は重いとはいえ、夏よりは走りやすいかもしれないね。

昨日読んでいた本に、こんな文章があった。

−いまの自分を支えている言葉

ひとつある。1週間前に、自分の高校時代の親友が亡くなったという連絡が同級生から入った。あのね、高知弁で人が亡くなることを、「みてる」と言うんです。ばーさんが「あの人みてたとね〜」と言うと、「あの人死んだとね」という意味です。あるとき、その「みてる」というのが、実は満月の満、「満ちる」という字を書くということを知ったんです。すごい高知の言葉だなと。人生がこんだけ幅がある。バーを埋めていくように、ダウンロードしていくように、色が変わっていって、最後、終わったよというのを「満てる」と。そでれ友人の弔電に書いたんです。あなたの人生が満ちた。フル(full)。ダウンロードし終わった。そういうふうに考えていますよと。これはポジティブシンキングですよね。あらかじめ決められた人生を満たした。高知弁のなかでデザインされた言葉として一番好きなのは「満てる」です。示唆にとんだ言葉ですよ。
(同書8頁)


子供の頃、たしかにおばあちゃんたちが「みてる」と話していた記憶がある、いい言葉やね。

「みてる」まで、生きていけばええんやろうね。
ということで今日は久しぶりに十万辻を越えることにした。クロモリロードで街乗りが中心の自転車生活、里山の峠を越えるのは久しぶり、やはり足が重い。途中、若いローディに軽々と追い越されていく、こちらは足を着かないことが主眼となっている(苦笑

十万辻を越えて切畑ー西谷ー佐曽利と快走路を走る、気持ちいいね。

波豆川沿いの快走路。

途中、時雨れてきた、雨雲レーダーをスマホでチェックすると、薄い雨雲が北摂を通過している。やり過ごせば通過しそうなので、しばし木蔭で雨宿り。

冬枯れの農道。

県道68号線ー千刈CCを経て、神戸市北区道場方面へ。

西宮市山口町の旧道を南下して(とはいえ上り基調)、R176で宝塚に抜けることにした。R176は旧道以外はトラックの通行量などが多いので、緊張しながら赤坂峠を越える。

赤坂峠から里道に入るとほっとするね。

名塩旧道ー生瀬旧道に入ると、緊張してR176を走り抜けたためだろうか、糖分を身体が要求している感じだ。自販機でおしるこを補給、シンプルに旨い。

武庫川右岸を走って、午後3時半に帰宅。
走行距離 70.5km 高度上昇1,217 m、平均速度17km

10年前と比べると如実に脚力は低下しているけれど、安全に楽しく走れるのが嗜みとしていいだろうね。「サドルの上の孤独」は心地よい。





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