1984年と2020年2019-12-31 23:10

365日隠居生活なので、大晦日といえ凡庸な日々の一日に過ぎない感じになってきた、よしよし。

今日は西北までウォーキング、そしてジュンク堂で新刊チェック。

コミックを一冊購入、余生が逆算できる年齢となってきたので、蔵書はなるべく増やしたくない。だから電子書籍をダウンロードしたり、図書館で借りたりすることにしている。
何度も読みかえす本なんて少数だしね。

ただコミックは図書館でも蔵書は少ないし、ちょうどクオカードの残額があったので購入。


あとがきで村上作品への作者の傾倒をこう書く
「僕が村上春樹さんの作品に出会ったのは大学生の時だ。記憶によるとはじめて読んだのが『風の歌を聴け』で、それから一年で七回『風』を読み返している(うち二回は英語版)。砂漠で水を飲むような勢いだ。」

傾倒ぶりが半端ではない。

そしてこんな指摘も。

「『螢』を含む『螢・納屋を焼く・その他の短編』が刊行されたのはその一九八四年で、そして『一九八四年』が三十六年後の未来を見据えて書かれたのだとすると(執筆されたのは一九四八年)、一九八四年からさらに三十六年後の未来は二〇二〇年となる。僕たちはいま、未来のさらに未来にいるわけだ」(105頁。「あとがき」より)

オーウェルの原作を読んでいないが、あまりに現代の政治状況と相似している場面が出てくる、もちろん戦前の特高警察のような存在は今はない。だが結論ありきの統計操作、公文書を文書でないとしたり、シュレッダーにかけたり、保存していないと強弁して「人を操作的に考えること」に優越感さえ持っているかのごとき政治家・官僚組織がある。

苦い読後感のあるコミックだが、いまの時代には必要な苦みかもしれないね。

1984年、わたしは、1歳の男の子の父親で31歳だった、2020年に67歳となる。
精神は未熟なまま身体が次第に老いていくだろう、それも凡庸な人間の定めだろうが、「プロール(労働者層)が求めているもの それはアルコール・ポルノ・ギャンブル・バカ騒ぎ・・・・ そして素朴な愛国心だ」(72頁)という未来にはいたくないね。

風が強い大晦日、10.7km歩いた。




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