楊梅の熟れる頃2019-06-21 19:44

今日も梅雨入りの気配なし。
クロモリロードでポタリング、とはいえ孫の保育所迎えが急遽必要となるかもしれないので近場を走る。

緑陰で宮尾登美子の短編集を読む。
楊梅の熟れる頃 (P+D BOOKS)
高知を舞台にして、そこに生きる女性を主人公とした短編。
そういえば子供の頃、楊梅(やまもも)の木に登って実をとっていると木から落ちて、ポケットに入れていた実が潰れて服を紅く染めたのを思い出した。

「熟れた楊梅は小指でつっついてもすぐ汁が噴きだすほどふくらんでいるので大事に扱い、盆の上で少し塩をふって揺りながら間をおかず家中ですぐ食べてしまう」(同書90頁)

休憩に立ち寄った公園に、こちらでは珍しく楊梅の低木があった。実をいくつか口に含んでみたが、芳醇さは当然ないけれど風味は口に拡がった。懐かしいね。


昨夜は「生還」を読了。
人は加齢とともにいずれ壊れるとしても、その現実を直視することは多くの人はできないだろう。徐々に去っていくことに馴れるほうがよいかもしれない。

津野海太郎の解説が秀逸だ。

津野は言う

23 ひとりでは生きられない


「他人ごとではないぞ。かれとおなじく、私のうちでも、老いるにつれて「ひとりでは生きられない」という思いが、しだいにつよくなっている。むしろ「ひとりでは死ねない」といったほうがいいか。私たちはひとりでは生きることも死ぬこともできないのだ。それにしても、おそいよ。多田も、そして私も、もっと早くそう気づけばよかったのに。」

私は少しだが気づき始めているような気がするけれど、実践できるかどうかは不明だ。
人はそれほど強くはない。

クロモリロードで41kmほど走った。
Tシャツのロゴが「走」だけれど、9年前のような強い走りはもうできない。




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