孫の子守と村上春樹訳「おおきな木」2017-11-04 20:27

今日は午前8時前に長男が我が家に孫を連れてきた。長男の奥さんは仕事、長男は休日だが、出張報告などが溜まっているとのことで出社して片付けてくるとのこと。

もっぱら長男が保育所の送り迎えをしているので、必要なとき以外は残業はせず、やむを得ないときは私たちが保育所迎えを行ったりしている。

孫を連れて近くの公園へ。よーいどんと走ったり、滑り台などで1時間ほど遊ぶ。自分の子どもならそれほど神経質にはならないけど、孫なので、ジイジ・バアバの二馬力で孫の相手をすることが多い。
孫、走る。

眠くなってきたのだろう、孫がぐずりだしたので、妻が抱っこして商店街のパン屋さんに立ち寄る。孫は抱かれて眠り始めたが、私が抱っこを代わろうとすると薄目をあけて、イヤイヤをする。孫には優先順位があって1位父親、2位バアバであり、どうも保育所に迎えにきてくれる頻度と合致するようだ(苦笑

帰宅後、孫は30分ほど寝たけれどムクッと起きて、リンゴ・卵サンド・牛乳で早めの昼ご飯。食後は、電車のビデオを見たり、絵本を読んだりする。

妻が孫用に何冊かの絵本を用意しているのだが、今日はこの絵本が孫は気に入ったようだ。もちろんストーリーはちょっと大人向けな面もあるので、絵の雰囲気が好みのようだ。
おおきな木

村上春樹はあとがきで

あなたはこの木に似ているかもしれません。
あなたはこの少年に似ているかもしれません。
それともひょっとして、両方に似ているかもしれません。
あなたは木であり、また少年であるかもしれません。
あなたがこの物語の中に何かを感じるかは、もちろんあなたの自由です。
それをあえて言葉にする必要もありません。
そのために物語というものがあるのです。
物語は人の心を映す自然の鏡のようなものなのです。

(村上春樹/訳者あとがきより)

と書いている。

「物語」の意味を村上春樹らしい表現で述べている。

私たちは子どもや孫にとっては、この絵本にある木かもしれない。
枝振りも衰え、やがて枯れていく木のそばで若木は育っていくのだろう。





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