いまさらながら司馬遼太郎「街道をゆく」2017-08-19 14:08

残暑が厳しい。昨日は夕方にカーボンバイクで1時間ほど走って、帰りに老松丹水をペットボトルに入れる。

来年度からの隠居生活に備えて、自転車計画やちょい住み計画、そしてガジェット類の配置と妄想しているけど、いまさらながらに司馬遼太郎の「街道をゆく」を読んでいる。
街道をゆく 24 近江散歩、奈良散歩 (朝日文庫)
司馬遼太郎というと、功成り名を得た経営者や政治家がその作品を挙げて、さもその主人公の生き方と重なり合わせているのことが多いので、正直食わず嫌いなところがあった。

今回はロードバイクで走った「近江・奈良」を中心とした街道の話だ。
とはいえ街道の歴史というよりは、司馬史観にもとづく近江・奈良の概観といったところか。でも、食わず嫌いだったことを後悔するほど、おもしろい。

村上春樹のギリシャやトルコ、アメリカなどの旅行記と負けず劣らず読み応えがある。

戦後の土木論理からすると、琵琶湖は埋め立てればいいじゃないか、生駒は削り取ればいいじゃないかという暴論が幅をきかせた時代があり、欲望資本主義からすると大きな湖は開発の対象でしかない。

司馬はそれらを厳しく批判する。
足下の自然を疎かにして、パック旅行でヨーロッパに行きその街並みの美しさを愛でる滑稽さ。

奈良編では、興福寺僧侶たちが明治維新初めの廃仏毀釈により僧侶をあっさりと捨てて春日神社の神官に転向したことを厳しく批判するとともに日本人の気質を論じる。

「のちに成立する奈良公園のうつくしさは、興福寺を毀(こぼ)つことによって成立したのである。いまここを散策する私どもが、なにものかに感謝せねばならぬとすれば、旧興福寺の末期の僧たちの無信仰に対してその意を捧げるべきだろうか。このことは、末期の僧たちを侮辱しているのではない。私ども日本人には、大なり小なり、、旧興福寺の僧たちの気質がある。」

司馬史観は、廃仏毀釈の主導者を国学(主として平田神道)派であるとし、彼らを革命政権である明治初期政権は行政官として遇するのは不適切なので、太政官と並列するものとして神祇官としてのポストを与えたとする。彼らは国粋主義のもとに「神仏混淆思想」を糾弾し神仏分離を命じたわけである。

司馬はいう
「考えてみれば、日本における狂信的な国粋主義が、国家と国民に禍害以外のものをもたらしたことがあるだろうか。」

浅学非才なので、司馬史観が適切かどうかは判断できない。
ただ最近の、ネット上の勇ましい言説には国粋主義に繋がるものがあるような気がする。

本書はKindle版で読書中だ。
蔵書が増えるのが厭なので、なるべく電子書籍で読むことにしている。
電子書籍のメリットは
・本を処分しなくてよい
・拡大縮小が自由にできるので老眼にはやさしい(笑
・ブックマークしやすい
・あらゆる端末(タブレット、YOGA BOOK、PC)で同期できる
といったところか。紙の本に対する拘りはあまりない。

今日は夕方から長男宅で、長男の奥さんのご両親がこちらにこられているので焼肉パーティ。日本酒・ビールを持参して、歓談する予定だ。

ということでロードバイクはお休み。



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