11年目のロードバイクー風の歌を聴け2017-08-06 14:42

2007年8月4日に、私はクロモリロードに乗るようになった。それまで1年ほどMTBよりのクロスバイクに乗っていたが、走りが重い、長距離乗るにはクロスバイクでは困難ということでロードバイクに方向転換。無名の鉄馬BASSO VIPERに乗り始め、今月で11年目に入った。

その後、カーボンバイク・シクロクロスが加わり計3台自転車を保有しているが、このクロモリロードがいちばん好きかもしれない。頑丈だし、来年度からの隠居生活では、通勤電車や自動車にも乗らないので、日常生活のよき脚となってくれるだろう。

昨夜は長男夫婦・孫が来宅して、我が家で夕食。孫の相手をしながら、皆で歓談。10年前私は54歳という「遅れてきたロードバイク乗り」だったし、長男は大学院生、次男は大学生だった。30年近く親子4人という核家族で生活をしてきて、その後息子たちは社会人となり素晴らしい伴侶も得て、私たちにも孫ができ、家族関係が拡がっている。
私は機能不全な家庭に育ったので、「家族万歳」という価値観を持っているわけではないが、たぶん運がよかったのだろう、家族には恵まれたなと衒いなく思う。

そのあいだ飽きることなくロードバイクに乗ってきた。

長男夫婦らが帰宅してから、午後9時過ぎには就寝、今朝は4時すぎに目が覚めたので、猛暑になるまえにクロモリロードで走ってくることにした。午前5時過ぎに発進、午前9時半帰宅。

お馴染みの道の駅いながわー槻並ー阿古谷周回コースを走る。

日陰だとまだ涼しい。

木陰で休憩していると、何かの木の実だろうか、見事に枯れて創作品のようになっている。

あっというまに日差しが強くなってきた。

宝塚から天神川経由で帰宅。走行距離 72km

シャワーを浴びて、早めの昼食、そして1時間半ほど午睡した。

けっこうな距離(3台で68,000Kmほどか)をこの10年走ってきたけれど、大きな事故にも遭わず、身体を壊すこともなかった。もちろん加齢ともにある程度ロング走ると、グッタリと疲れるようになった。だからこそ大きなケガをしないようこれからも集中力をもってロードバイクに乗る必要があるだろう。

10年前の夏、このクロモリロードで初めてロング走ったときは、美濃坂峠手前で何度も脚を攣ったのも懐かしい思い出だ。

丹波篠山まで酷暑の中、走る(ヘロヘロ編)(2007.8.18)

自分の不注意による機器トラブルを生じさせたり、小さな落車もした。

Viperは死せず(2010.5.31)

リベンジ!八丁林道(2010.6.13)

上り坂、下り坂、そして「まさか」(2015.8.16)


でも大事に至らなかったのは運もあったのだろう。

来年度は隠居生活、旅するバイク、日常生活の移動手段としてロードバイクを相棒に生活していくだろう。

乗り始めた頃のクロモリロード。ハンドルがかなりアップ気味。

今日のクロモリロード。フレーム以外はほとんど交換している(苦笑 このバイクには死ぬまで乗るだろうな。



そしてずっと風の歌を聴いていたいな。



隠居後シミュレーション2017-08-09 22:15

孫も夏スタイル
今日は夕方から1時間ちょっとカーボンバイクでポタ。伊丹周辺の池、川をフラッと走った。夏休みなので子供たちが楽しそうに遊んでいる。

暑さもそれほどではなく、21kmほど走って帰宅。

■隠居後シミュレーション
来年度は隠居生活にはいるけど、霞を食べて暮らすことはできないので、妻がExcelで作成してくれた老後の支出計画を二人でチェック。

この数年で息子たちの結婚費用、長男のマイホーム資金贈与などでけっこうなお金を支出した(苦笑 贅沢をしなければなんとかやれそうだけど、人生は何があるかわからない。すこし厳しめにシミュレーションしたが、心配していてもキリがないだろう。

仕事をして遊ぶという従来のスタイルはリソースが少なくなってきた(身体と精神が加齢とともに劣化している)ので、組織言語から離れてリソースを自由な時間に使う時期がきたということでしょう。

■馬肉
明日は仕事を終えて女友達らと馬肉専門店へ。たぶん酔っぱらう予定だ。

馬肉2017-08-11 22:38

昨夜は女友達らと馬肉専門店で馬肉の刺身・焼肉をいただいた。牛肉ほどしつこくはなくて、とくに刺身はなかなか美味。〆は桜寿司(馬刺しのお寿司)と味噌汁。

2軒目はピッツアの店でワイン。
3軒目は〆の立ち飲み屋で飲む。

けっこう酔いました。

皆で12月に台湾旅行、来年2月にソウル旅行に行くことが決定。

3連休なれど暦どおりの休みで、とくに盆休みというものはない。
長男夫婦と孫は奥さんの実家の鳥取へ、本日から里帰り中。
孫にとって田舎があるということはとても恵まれていると思う。

今日もなかなかの猛暑。
こんな記事を読んだ。
ネットワーク応用通信研究所 フェロー/まつもと ゆきひろ氏

T460sか。よさげですね。

私の環境下ではGnome 16.04 on ThinkPad X220でまだまだ十分な気がする。
ThinkPadはLinuxと親和性が高いし、7段オールドキーボードをなかなか捨てがたい。


たぶん晩夏2017-08-12 20:50


今日は夕方にカーボンバイクで2時間ほどポタリング。例によって川沿いや池巡り。

太陽が雲に隠れると、風もあってかそれほど猛暑ではない。高知での子供時代、盆が過ぎると海や川の水温がグッと下がり、海も沖からのうねりが強くなり夏の終わりを感じた。

昔からお盆過ぎの海には入ってはいけないと大人から言われたが、土用波やクラゲの出現が多くなるため、戒めのための先達の知恵なのだろう。
鳥取に里帰りしている長男夫婦と孫は今日は日本海の海水浴場で、海を愉しんでいる動画などが送られてきた。長男が息子をしっかりと見ているので、安心だ。

ニュースなどで海や川での事故が報道される。
都会の人はプールでしか水と接したことがなく、潮の満ち引きのある海や淵があって水温や流れがいきなり変わる川の怖さをしらないのも一因だろう。

私の育った高知の海や川でも夏に事故に遭うのは観光客が多かった。
15年ほど前に単独行でテント泊しながら由良川源流部に分け入ったとき、ザックを背負ったまま渓流を泳いで渡ったが(登山道がないから)、あの夏は水量が少なかったことが幸いした。水量が多かったら、撤退していただろう。

自然は私たちの都合よくには変化はしてくれない。


陽が差してくるとやはり暑い。


今日はコミックを1冊読む。
AIの遺電子 7 (少年チャンピオン・コミックス)
AIをめぐる物語だけど、息切れせずに連載が続いているのはすばらしい。

明日は義父母の先祖のお墓参り、そのあと美術館を訪ねる予定だ。

孫は母親の背中にとまった米つきバッタをじっと見ている。

たぶん顔は昭和顔だ。

人形作家石井美千子氏が表現する「昭和のこども」たちの誰かに似ている。

かつての少年少女へ 昭和のこどもたち アトリエみちこ

O JUN × 棚田康司「鬩(せめぐ)」展2017-08-13 21:20

今日は義母・妻とともに伊丹の実家の先祖のお墓参り。
そのあと喫茶店でモーニングをいただいてから、伊丹市立美術館で開催されている「開館30周年 O JUN × 棚田康司「鬩(せめぐ)」を鑑賞してきた。

伊丹市立美術館はコンパクトだけど、個性的な展覧会を精力的に開催していて好きな美術館だ。



撮影自由とのことなので無音カメラで撮影する。

絵画と彫刻のコラボということで両方を楽しむことができる。



孫の泣き顔とよく似ている(笑

棚田氏は展示会中はほとんど毎日、実作品を一室で作成しておられて、自由に見学できるようになっている。

ふだん見ることのない傾向の作品展だったので、妻も満足したようだ。

鑑賞後、老松酒造に立ち寄って日本酒720mlを二本購入。一杯200円でお酒が飲めるということなので二人で注文して、近くのベンチでいただいた。利き酒よりはたっぷりと量があって美味でした。

老松酒造近くのお寿司屋さんでランチ。日本酒を先にすこし飲んでいたので、ビールをがぶ飲みしなくてよかったですわ(苦笑

帰宅後、昼寝。

ということで今日、私は64歳になった。気分はこんな感じですかね。



我が家族は次男と長男の奥さんが8月3日、次男の奥さんが8月10日と8月生まれが4人いる。昨年からまとめて8月生まれ誕生会をすることになったので、夏の恒例行事となりそうだ。今年は次男の奥さんが妊娠中なので、長男が幹事になってくれて、次男の家近くのホテルで皆でディナーをいただく予定だ。

のんびりした3連休だった。


亀岡市畑野ー民田ー阿古谷(能勢周回)2017-08-16 22:29

今日は所用もないので午前9時半過ぎにカーボンバイクで発進。
バックパックには妻の手作りおにぎり、そして帰路に老松酒造の湧き水をいただくので空のペットボトル2本を入れる。

県道12号線を北上して一庫ダム周遊道路を走る。

能勢に入って54号線(園部能勢線)を緩やかな上りを経て畑野へ。
気温29度、曇り時々晴れ、猛烈な暑さではない。とはいえ休憩は多い。

本格的な上りになると汗がしたたり落ちるので、畑野で引き返して能勢を周回。

ツール・ド・大阪という標識がある。ウオーキングコースのようだ。

民田集落を抜けて阿古谷へ。

帰路に老松酒造横の湧き水をペットボトルに入れて午後3時半に帰宅。

走行距離 86km 平均時速 19.74km

夕食は仕事帰りの長男と3人でいただく。長男の奥さんと孫はまだ鳥取に帰省しているが、長男はひとあし先に帰宅しているので、我が家で食費を浮かしたみたいだ(笑

二人で老松酒造の生酒を飲んだけど、切れはあるけどガッツリとした日本酒だ。
ちょっと酔っぱらった。



いまさらながら司馬遼太郎「街道をゆく」2017-08-19 14:08

残暑が厳しい。昨日は夕方にカーボンバイクで1時間ほど走って、帰りに老松丹水をペットボトルに入れる。

来年度からの隠居生活に備えて、自転車計画やちょい住み計画、そしてガジェット類の配置と妄想しているけど、いまさらながらに司馬遼太郎の「街道をゆく」を読んでいる。
街道をゆく 24 近江散歩、奈良散歩 (朝日文庫)
司馬遼太郎というと、功成り名を得た経営者や政治家がその作品を挙げて、さもその主人公の生き方と重なり合わせているのことが多いので、正直食わず嫌いなところがあった。

今回はロードバイクで走った「近江・奈良」を中心とした街道の話だ。
とはいえ街道の歴史というよりは、司馬史観にもとづく近江・奈良の概観といったところか。でも、食わず嫌いだったことを後悔するほど、おもしろい。

村上春樹のギリシャやトルコ、アメリカなどの旅行記と負けず劣らず読み応えがある。

戦後の土木論理からすると、琵琶湖は埋め立てればいいじゃないか、生駒は削り取ればいいじゃないかという暴論が幅をきかせた時代があり、欲望資本主義からすると大きな湖は開発の対象でしかない。

司馬はそれらを厳しく批判する。
足下の自然を疎かにして、パック旅行でヨーロッパに行きその街並みの美しさを愛でる滑稽さ。

奈良編では、興福寺僧侶たちが明治維新初めの廃仏毀釈により僧侶をあっさりと捨てて春日神社の神官に転向したことを厳しく批判するとともに日本人の気質を論じる。

「のちに成立する奈良公園のうつくしさは、興福寺を毀(こぼ)つことによって成立したのである。いまここを散策する私どもが、なにものかに感謝せねばならぬとすれば、旧興福寺の末期の僧たちの無信仰に対してその意を捧げるべきだろうか。このことは、末期の僧たちを侮辱しているのではない。私ども日本人には、大なり小なり、、旧興福寺の僧たちの気質がある。」

司馬史観は、廃仏毀釈の主導者を国学(主として平田神道)派であるとし、彼らを革命政権である明治初期政権は行政官として遇するのは不適切なので、太政官と並列するものとして神祇官としてのポストを与えたとする。彼らは国粋主義のもとに「神仏混淆思想」を糾弾し神仏分離を命じたわけである。

司馬はいう
「考えてみれば、日本における狂信的な国粋主義が、国家と国民に禍害以外のものをもたらしたことがあるだろうか。」

浅学非才なので、司馬史観が適切かどうかは判断できない。
ただ最近の、ネット上の勇ましい言説には国粋主義に繋がるものがあるような気がする。

本書はKindle版で読書中だ。
蔵書が増えるのが厭なので、なるべく電子書籍で読むことにしている。
電子書籍のメリットは
・本を処分しなくてよい
・拡大縮小が自由にできるので老眼にはやさしい(笑
・ブックマークしやすい
・あらゆる端末(タブレット、YOGA BOOK、PC)で同期できる
といったところか。紙の本に対する拘りはあまりない。

今日は夕方から長男宅で、長男の奥さんのご両親がこちらにこられているので焼肉パーティ。日本酒・ビールを持参して、歓談する予定だ。

ということでロードバイクはお休み。




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