疲れた夜のためにー瀬尾まいこ「天国はまだ遠く」を読む2006-09-29 02:13

脳が疲れすぎているようで、眠れない夜(珍しい)。
で、読書をしていた。
瀬尾まいこさんの「天国はまだ遠く」。
天国はまだ遠く
23歳の営業職のOLが、仕事や人間関係、そして優柔不断なじぶんに嫌気をさして逃避行の旅に出る。
とりあえず山あいの民宿に逗留し、睡眠薬自殺を図るが、死に対する切望が浅いので32時間熟睡しただけ。

そこから民宿の主人田村さん(といっても30歳)を通じて海、山、そして生きとし生けるものと出会う。そして、彼女は次第に、じぶんがするべきことに近づいていかなければならないことに気づく。

瀬尾さんの作品は、思春期の少女や学校生活を描いたものが多いが、この作品は大人(青年)の世界を描いている。

彼女は、学生時代、自分に絵の才能がないとわかっていても美大に進学したかった、好きな絵を描きたかったという思いがある。だが現実には短大に進み、なりゆきで保険会社の営業職に就職した。そして都会の空気は、自分の都合のよいふうには、望んでも望んでも変わりはしない。人は往々にしてそんな自分に疲れ始める。だから、切望の浅い自己消滅概念にとらわれてしまう。

田村さんの民宿の近くの丘の上で絵を描いた後、彼女はこう思う。
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「そして、私が描いたとんでもなくへたくそな絵は、私に答えを教えてくれた。
私は自然を見ることはできても、それを描き出すことはできない。自然の中に入ることはできても、自然と共に暮らせる人間ではないのだ」(同書157頁)。
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この小説の描く海、山、朝日には不思議と既視感がある。生まれ育った高知の海、歩いたさまざまな山里、そしてテント泊の夜、これらを豊かなイメージでもって思い起こさせてくれる。

感傷的すぎず、あいかわらずストーリー展開、会話のやりとりはテンポがいい。

最後に田村さんと別れる際のふたりの言葉のやりとりは秀逸。互いに男女として好意を持ち始めているが、いまは生きるスタイルも生きる場所も微妙に食い違っていることが読み取れるようになっている。畏るべし、瀬尾まいこ。

自然のなかに入ったことのある人、都会の空気にちょっと疲れている人には、心の中に浸透していく小説ですね。


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