夏の深夜、ブログを書く。2006-08-03 02:01

お友だちとのポタリング

残業したり、本を読んだり、お酒を飲んだりしているとなかなかブログを書けませんね。

ということで、今日は深夜にブログにアクセス中です。
ロードバイクバイブル

ロードバイクを持っていないのに、つい買って読んでしまった本。
うーん、ロードバイクも欲しいなぁ。

今週末に、裏六甲を走る予定だけど、どこまで上りに耐えられるんだろう。ムリなら、クロスバイクをとぼとぼと押すしかないかも(弱気・・・)。

なんか夏らしい小説を味わいたかったので、「海辺でLSD」(川島誠)を読む。
夏は、身体を動かす季節であって、人生を考える時季じゃない。

先日、友人とポタリングをしたけど、あれも結構楽しい。山も自転車もリアルな生活もどちらかというと引きこもりの傾向の強い自分には、人といっしょに行動するのは新鮮な面もある。話さなくとも、おなじ空間や景色を共有するという楽しさもある。

大好きな夏をもっと、もっと味わっていきたいな。

海辺でLSD を読む。2006-08-03 22:43

海辺でLSD

海辺でLSD
夏らしい天気が続きます。うれしいです。生きているって感じます。

さて、読み終えた「海辺でLSD」(川島誠)。男ばかり3人兄弟の末っ子が主人公の物語。
長兄裕は語るべきことがなければ沈黙を貫く寡黙な兄。次兄零はリラックスしているというか、向上心がないというか、明るく能弁な兄。三男の健(主人公)は、サーフィンに熱中する兄らと違い、高校入学とともに陸上部に入部する。高校も兄たちとは異なる進学校だ。陸上部では、長距離走を選ぶ。

青春物語特有な流れで、主人公は体育会系のはずなのに、内省的だ。それにそんなに積極的でないのに、女性(それも年上の女性)とすぐ親しくなりHしたりする。 いやー、女性と親しくなるにはもうちょい努力が必要でしょうが(笑い)。

7つの物語からなるが、最初の4作品は1993年から1995年に発表されたもの。書き下ろしの6つめの作品「オン・シーズン、オン」は文章も、主人公の心の流れも、初期のものとはずいぶんと違っている。偉そうなことを言えば、深みのある作品になっている。
バイト先のホテルに滞在する認知症の老婆、そしてその娘との交流を描くのだが、切ない感じになっているのがイイ。マウンテンバイクで走るシーンなど、坂道のギアの音と坂道を登り切って海を眺める風景が、リアルに浮かんでくる。

物語のどこにも、3兄弟の両親が登場しないのもユニーク。男兄弟って、成長するともっとも身近なライバルだし、親の影響は少なくなるからなぁ。 夏の緑陰で読むのに適した本だと思う。

ひさしぶりのツーリング・裏六甲を爆走できるか?2006-08-04 01:14

がんばってね、asyuu1号くん

夏バージョンのasyuuです。冬になったら、もうすこし内省的・文科系男子になります。

金・土に一泊二日でツーリングに行ってきます。家族が裏六甲(六甲山系の北側)で研修があるので、お泊まりすることになっている。で、飯・風呂・寝床だけおこぼれをいただくことにした。勉強は嫌いなので、研修にはもちろん参加しません。

土曜、自宅を出発して有馬街道を通って裏六甲を縦走する予定。R82は坂がきつそうなので、今回はパス。 夕方までに宿舎に入ったらいいので、走行距離1日100kmを目標に裏六甲の山里を走る予定だ。

ツーリングに備えて、
・短髪にした(それ以上、どこを短髪にするのかという異論もあり)。
・特上鰻丼を晩飯に食べた。
・ウエアー(といっても山用兼用だけど)を新調した。

このくそ暑い真夏に、なにしている自分?って感じだけど、楽しみです。
土曜は、とおーまわりして帰宅予定。どれだけ走れるんだろう、自分。

猛暑の中、R51の峠を越えていく(ヘロヘロ編)2006-08-05 22:04

金・土と生瀬ーR51を抜けて有馬温泉、神戸市北区大沢(おおぞう)と走ってきました。生瀬から船坂までR51の5.8kmの道はひたすら上り。めちゃくちゃな暑さ。クロスバイクのエンジン部分(私のこと)が弱いので、歩いたり乗ったりしながら船坂に着く。

船坂から北区大沢地区へ。神戸とは思えない農村地帯だ。
crossbike
神社で休憩をする。木陰にはいると涼しい。 その夜は、フルーツフラワーパークのホテルに宿泊。夜は、バイキング料理だったが、昼間、大量の汗をかき、初めての峠越えで空腹感最大。とんでもなくいろんな食事をいただく。お風呂も気持ちよく、フルーツフラワーパーク、お薦めですよ。

大沢も起伏のある道が続くので、走っていて面白い。
Oozou
翌日は、有馬温泉に立ち寄ってから船坂の無人市でトマトを買う。200円を入れると、袋の中に30円のお釣りが入っている。ちなみに、この船坂橋から裏六甲を登って、表六甲に下りる登山コースがいちばん好きだ。人と出会わない山歩きができます。 tomato
トマトを食してからR51をいっきに下っていく。
5.8Kmのロングの下りが気持ちがいい。

金・土の走行距離【76】km。だが、バテバテになりました。坂道を上るにはエンジン部分(私のコトね)も弱く、強烈な暑さも影響したかなぁ。単に、歳かもしれませんね(苦笑)。

1953年以降の8月-盛夏に妄想する2006-08-06 16:26

外に出ると、暑い。夏の日がまさしく肌を炙るような感じ。アスファルトからも熱気が立ち上っている。ひさーしぶりにコーラを飲みたくなって自販機で買うと、お釣りの硬貨まで熱くなっている。大阪は、37度くらいあるんじゃないだろうか。たまにコークを飲むと美味しいなぁ。

暑くても8月がいちばん好き。じぶんが8月生まれということもあるが、8月に印象的なことも多く起きたような気がする。ちょっと思い出してみた。

1953年8月
私が生まれたとき。TV放送が開始された年らしい。今は亡き母は、口癖のように私のことを「ついでに生まれた子」といっていた。4人目の子どもだったし(長兄は幼少時に亡くなっていたが)、このころは父との夫婦仲はよくなかったのだろう。母はわがままで嫉妬深いひとだった。もともとお嬢さん育ちだったので、放蕩癖のある父とは反りが合わなかったのだろう。父は最初の結婚で、妻と子どもを亡くしていた。父が愛した女性は最初の妻ではなかったのかという疑念が母からは離れることがなかったのかもしれない。
愛を求めて愛を得ることのできない女性だったような気がする。父親に性格も雰囲気も似た私を疎んじている感じがいつも母にはあった。
でも、いちども「生まれてきてごめんなさい」という思いを私はもったことがない。早く精神的にも経済的にも母から自立できたのは、今となってはよかったと思うほどだ。

1967年8月
はじめて女の子とデートをした(中学2年の夏)。デートしたといっても、ふたり自転車で近くの海水浴場に行き、泳いだり海の家でかき氷を食べたりの幼いデート。彼女の胸のふくらみにクラクラした思いがあります。純情だったんですね。

1970年8月
夏期講習で出会った女の子とつきあい始める(高校2年の夏)。音楽や絵画のことをたくさん知っていて「風のようなひと」だった。同世代だと、どうしても女性のほうが精神的にも成熟している気がする。このころから「文科系女子」には苦手意識?を持つようになる。

1976年8月
父が亡くなる。葬儀の日、母は錯乱して、「おまえは人を愛していない」などと私のことを責めた。父の死をそれほど悲しんでいるように見えない私に違和感をもったのだろう。単に哀しみの表現の仕方が不器用なだけだと自分では思うのだが、感情をおもいのまま出してきた母には理解しがたかったのだろう。
母、父の死後25年以上生きたが、思い出になると「父を愛し大切にした自分」という自画像が形成されたようだった。子どもから見ても、あれだけ不仲な夫婦はいまいと思ったのに、時は人を健忘症にさせる作用があるのかもしれない。

1986年8月
次男が生まれる。当時2歳の長男と武庫川で1日遊んで帰宅すると、妻の実家から出産の連絡があった。病院に長男と駆けつけ、長男が出産を終えた妻のベッドにもぐり込み、甘えて添い寝した風景が忘れられない。男二人の父親になって仕事・育児に忙殺される日々が続く。

2001年8月
友人らと屋久島の隣にある口永良部島に旅行する。人口160人ほどの離島で夏を過ごす。自然の偉大さを感じながらも、自分は街でしか住めないことを痛感する旅でもあった。

2002年8月
芦生の森を3泊4日で一周する。テント泊だったので、最後の日には山の中で「あーっ、タクシー来ないかなぁ」などと妄想するほど疲れ切ってしまう。芦生の森に魅せられ、毎年8月にはテント泊をするようになる。

いろんな8月があっただろうに、あまり思い出すことができない。過去のことをあまり覚えていない、寝ていても夢をほとんど見ないという体質のため、人にはドライな印象を与えることがどうもあるらしい。

最近、同世代の人たち(とくに男性)と久しぶりに再会する機会があったが、一様にみな20代の面影がない。もちろん私も今月で53歳になるので自分が昔のままであるはずがない。だが、外見的な面でなく、なにかこの30年ほどで世間のアクみたいなものを身につけてしまった人が多すぎるような気がする。
人は18歳くらいでそのひとのスタイルは身につけてしまうのかもしれない。だから、社会性という名の下に過同調する必要はないとも思う。シンプルな肉体とシンプルな思考があれば、「人からどう思われるのか」という他者のまなざしに拘束されることも少なくなるのではないだろうか。そのようなことを子どもの頃から、ずっと考えていたような気がする。

さて、今年の8月はどんな8月になるんでしょうか・・・。

普通の人のブログ・アクセス数2006-08-06 20:50

ブログを書いていると、どうしてもアクセス数は気になる。独り言じゃないんだから、いちおうはいろんな人に読んで欲しい。もちろん読む価値がないじゃんと言われるとそれまでなんだけど。

Internet Watchに興味深い記事が載っている。

ブログを開設しているユーザーに尋ねたブログ来訪者状況では、1日の平均アクセス数は「5件未満」が36.2%で最も多かった。「5件〜10件未満」18.3%、「10件〜20件未満」15.3%も合わせると、アクセス数は1日20件以下のユーザーが約7割を占めた。

意外と少ないんですねぇ。安心(安住?)しました(^_^;)もっともアクセス数といっても、アルファブロガーにトラックバックすれば一時的に増えるし、検索エンジンのロボットが訪ねてくることもある。
一時的な増加はさっと去っていくだけだ。いちばんうれしいのは、じっくりと読んでいってくれていく人たちですね。最近は、「Bicycle」の項目をまとめ読みしてくれる人が多い。
いやー、自転車ブログじゃないんだけど、最近は自分がハマッていますからね。

コーナリングのラインを、なめらかに、すべるように2006-08-07 23:32

自転車は、くだりのカーブにさしかかる。設定したコーナリングのラインを、なめらかに、すべるように、とることができる。
ぼくが思うことは、いま、ひとつだけあった。
それは、だれもだれかの人生をゆがめたりはしないのではないだろうか、ということだ。ひとは、そのひとの自分の人生を生きてゆく。
それが他人によってどのような影響を受けたところで、結局は、自分の選択だ。それは、自分の責任のもとにあるのだ。
ぼくが、今年の夏を、自分で引き受けるしかないように。

海辺でLSD (同書P166) 「海辺でLSD」を読んでいて、気に入った表現。

組織のせいにしたり、周りの人のせいにしたり、じぶんの劣等感を技巧化して表現していくことに拘泥したりすることが好きじゃない。正しいとかまちがっているとかということじゃなくて、「好きじゃない」ということ。

いましばらくは仕事でも、山歩きでも自転車でも、自分の生き方でも「設定したコーナリングのラインを、なめらかに、すべるように」できたらいいなぁと思う。 ちょっと残念に思うことがあったので、解毒剤としての表現が欲しかったんです。


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